野村直之先生の講演会をお聴きして

1組 Y君 

 AIはフィクションに取り上げられることが多く、フィクションではAIが人間と同等やそれ以上の思考、行動ができる面が描かれています。私はそのようなSF作品が好きで、幼いころから様々な作品を見てはわくわくしたものでした。
 今回の講話をお聴きして、これからしばらくはそのようなAIは作られそうにないということが分かり、少し残念でした。人間は少ない物事から思考し、結果を出すことができますがAIは全く逆で大量のデータをもとに答えを導き出します。これを「知能」と言うことに私は騙されていたような気がします。また、AIは超高齢社会である日本において、将来的に活用して若者の仕事の負担を減らすことができるのではないでしょうか。すでに介護サービスの情報化は取り入れられていますし、十分可能であると思います。 AIは万能ではありませんが、機械式計算機、リレー、真空管、トランジスタ、集積回路と発展してきたコンピュータの歴史を考えると人類の技術の発展を強く感じます。そして人類の英知を結集しても人間のような知能を開発できないことに自然の神秘さを覚えました。私はそのような自然の神秘を少しでも解明できるような医学研究者になりたいと思っています。自分が挑もうとしているものの難解さを感じる一方で、ますますその難解さが面白く感じられるようになってきました。


 




2組 Tさん

 「ホワイトカラー」の職に就いている人々のうち、かなりの割合が、いわゆる事務作業に従事していることと思います。しかし今のところ「強いAI」の開発がほぼ不可能であるとみられる以上、雇用のあり方もAIとの「競争」ではなくAIでの一部「代替」を目指すべき、とのことでした。それでもいずれAIは「強く」なり、人間がなぜ働くのか、という疑問が再び提示される必要が生じるでしょう。そのときに「働く喜び」というものをきちんと考えられるような人類であってほしいと思います。
 創造物が「自分たちの手を離れる」という点で人工知能の創造は人口生命体の創造に等しいと私は考えます。
人類はまだ人口生命体も人工知能も生み出していませんし、これからも当分は生み出せないでしょう。しかし将来「強い」人工知能を作り出すことができたら?人格を認めるか?労働を認めるか?権利を認めるか?その時は否が応でも考えなければなりません。今の私には考えもつかないことです。しかしその時のために、自分がなぜ、何のために、ここでこうしているのか、と考えられる人になりたいです。
 それが私にとって、自我の創造でもあるのかもしれません。
 






3組 M君

野村先生は今回の講演の中で人工知能(AI )についてお話をして頂きました。僕はもともと人工知能に興味があり、今回の講演を楽しみにしていました。
 講話をお聴きする前の人工知能のイメージは、人間に最大限似せようとしたロボットのようなものを想像しますが講話では、人工知能は人間が知能を使って行うことを機械に行わせるというものでした。関心を抱いたのは、人間と人工知能の『学び』の違いです。人間というのは新しく起こった出来事を既存の知識やそのときの欲望や願いによって形成されるものであるのに対して、人工知能は膨大なデータに新しく起こった出来事をあてはめて似ていたりする事例を取り出すようなものであるということです。
 人間と人工知能にはそれぞれの利点があるわけですからそれぞれが生かし合えるようにすればよいのではないかと思います。人工知能のことを人間が理解しているわけではないので『互いに』というニュアンスを出すことは難しいのですが、人間が人工知能を生かしている例はありました。例えば、人工知能によるカロリー計算であったり、レントゲンの中で人工知能がガン細胞を発見することなどです。その中で、ガン細胞は細胞一個単位で転移している可能性があり、人間が発見できないものもあり、それを人工知能を利用して、人間が発見不可能なものも発見できる可能性が広がるなと思いました。また、人工知能は数学的な面でいうとスーパーコンピューターという言葉が当てはまるように、人間が到底計算できそうにないものを計算したり、ある公式を証明するときにスーパーコンピューターを使っていく通りもの計算をして証明したりしています。このように人間は、人工知能には到底勝てるはずもありません。
 しかし、私はいまの時点で人間が人工知能に勝るものは、豊かな感情を有していて、ものを『創造すること』だと考えました。(今後何十年何百年と経った後のことはわかりません。)将来、人間が人工知能と共存していく中で人間が独自性を出すものはこの二つであると僕は考えました。何十年、何百年と人間が生きて行く上で『心』と『創造すること』が重要になると思います。
 






4組 O君

今回の野村直之先生の講演会に参加して、AIについて考えました。
AIに関する内容はいろいろなところで聞いていて、本当にAIが世界中で活動する日が来るのだな、といつも思っていました。また、AIについての話は昨年あたりから、頻繁に聞くようになったことから、現代の科学技術の進歩はとても速いということを実感しています。以前聞いたことがある話として、今、人間がしている仕事のうちの半分がAIに変わって行われるようになる、ということが衝撃的でした。しかもそれが1020年で起こるかもしれない、と言われていて、人ごとではないと思っています。まずは反復する仕事がAIに取って変わると言われています。人間よりAIの方が、ミスがなく、処理できるのは仕方がないことです。しかし、人間だからこそできることもたくさんあります。例えばAIには人の教育はできません。感情を入れることができます。その他にも人間にしかできないことはたくさんあります。自分のやれることを広げていくことが大切です。
 またAIで問題になるのは責任の所在です。AIは人間ではないので、仮に誰かを傷つけたりして、どこに責任があるのかを考えたとき、それはとても難しい問題になります。そうことが起こったときに、裁判の前例を考えると人間が所有するもの、という共通点をもつ奴隷制度が対象となるかもしれません、ということをお聴きしました。僕は、AIは人間と全く同じ感情を持つことはないと思っていて、そうすると、罰を受けても人間のように反省することはないかもしれません。罰というのは反省させる、という意味もあるので、人間と同じように牢屋に入れてもあまり意味のないことだと思います。このように、AIにはまだまだ課題が残っていて、この先どうなるのか全く想像つきません。創造力や協調性はAIよりも人間の方が長けていると思います。すべての物事に対して自分の意見を持てるようにしたいと思います。






5組 M君

今回の講演会では野村先生から人工知能の本質について、素晴らしいお話を聴くことが出来ました。
 僕は人工知能に対して、考えることが出来る機械というイメージを持っていました。しかし今回、人工知能には、人の手助けを目的とした物と人に近づける事を目的とした物の2種類が存在することを知り、さらに人に近づける事を目的とした人工知能について、人と同等の人工知能を造るのは、あと数百年経っても不可能であるとお聴きしたときはとても驚きました。機械に組み込めるものは知能ではなく知識であり、それはすなわち機械は考えているのではなく記憶しているものなのだという認識を持つことも出来ました。それから、僕が一番感動したのは人工知能が人類を超える現象、すなわちシンギュラリティは起こらないという野村先生のお言葉でした。僕もこの意見は正しいと思っています。理由は前述したように、人工知能自体は物事を考えているわけではないからです。チェスや将棋で人工知能が人に勝っているのも、いくつもの対局を記憶しているからです。記憶力や演算能力は当然人工知能の方が勝っています。
 しかし、野村先生は「人が何か道具を使った時点で、その能力において人はその道具に負けている」とおっしゃっていました。しかし同時に、「それらは人が使うからこそ力を発揮するのであって、その物だけでは意味は無い」ともおっしゃっていました。僕はその時、意思を持ち、考えることこそが人間の最大の能力であると感じ、考えることの出来る人がこれからの社会に必要なのだと思いました。






6組 S君

 現代社会において、人工知能や機械技術は常に進歩していて、人間の生活の中に広がっています。そして、今から何年か後には、現在ある職業のうちの多くが機械に取って変わるということが言われています。その中で、我々人間が何をしなければならないか、何を考えていかなければいけないかというと、今まで以上に自分の仕事や人生について深く考えなければいけないと思います。もしかしたら自分の職業がなくなるかもしれないという状況で、その上で人間と機械の違いや共通点について理解し、上手く相互の利点を生かすことができるのではないでしょうか。もちろん、人間には悪い部分も良い部分もありますが、それは機械にも同じことが言えます。もし、一方がもう一方を上手く補うことができるのであれば、人間と機械には、まだまだ多くの可能性が秘められているということが言えます。人間は、様々なことを深いところまで考え、相手のことを思いやり、悩むことができます。機械は感情というものを持っていない代わりに、与えられた仕事を完璧にこなすことができます。
 すでにこの、一見相反しているように感じられる二つが、医学をはじめ様々な方面で活用されています。これからの社会が機械化されていく中で、人間がやるべきことは「考えること」だと思います。どんな物事に対しても、様々なことを考えることができますし、考えることで知識を得て、より理解を深めることができます。そして、そこで得たものを、自分が将来、仕事に就いた際、何らかの形で役に立たせることで、機械技術や人工知能がまた一歩進歩していくのだと思います。
 野村先生が仰っていたように、どんな時でも「なぜ」を念頭に置いて行動することで、今まで見えていなかったものも見えてくるのだと思います。そして僕はそれに加えて、「どうやって」と「すべき」ことについても考えていきたいと思っています。