篠崎史紀&N響の仲間たち
コンサート




 

医科コース 

 僕は「篠崎史記&N響の仲間たちのコンサート」を聞いて感銘を受けました。特に心に残っていることは演奏された音楽から言葉を受け取った心地が感じられたということです。自分はあまり音楽に関心がなく、普段から音楽を聴いたりすることが少ないため、専門的な知識も薄く今回の演奏を聴く前まで何も思うことはありませんでした。しかし、演奏者が登場したとき緊張の風で会場の雰囲気が変わりました。演奏が始まると僕は音の世界にのめり込みました。一つ一つの音はとても繊細なのに、それが集合体となった音楽はとても力強く聞こえました。楽譜を書いた人のその時の感情が一つ一つの楽器によって強弱などにより表現され、曲の風景、作曲者のメッセージが頭に浮かんでくる心地もしました。有名な昔からの音楽の題名は一つの単語で書かれていることがあり、僕は前からそれを不思議に思っていました。動画アプリなどを用いて、聴いていても僕の心には響かず、なんでこの曲がこんな題名なんだろう、全然題名から予想される音楽とは違うじゃないか、という疑問しか湧かなかったからです。しかし、今回世界で活躍するプロの演奏を間近で聴いてみてその疑問がなくなったのです。聴いたあとにはこれが本物の音楽だなとしか思えないほど驚きが残りました。今回の体験を通して、僕の中の音楽に対する価値観が変わりました。積極的に音楽を聴いて楽しんだり、音楽で伝える作曲者の込めたメッセージを聴きとったり、調べたりしたいと思いました。

 

 



東大コース

 演奏が始まって最初の方は、文字通り震え上がりました。こんなにも生の音楽というのは美しいのか!ということを再認識したコンサートでした。気付けば8か月以上コンサートのようなものに参加出来ていませんでした。新型コロナウイルスの影響で、生のエンターテインメントを楽しむということが難しくなりました。現在もなお、どのようなことにつけてもオンライン開催になり、電子機器を通して音を聞く場面が増えています。そのような状況もあって、今回のコンサートで奏でられた生の音楽はいつも以上に身に染みました。目の前でなければ伝わってこない感動があると改めて気付かされました。やはりプロの方々の音は滑らかで心地良かったのはもちろんですが、篠崎さんから楽器についての分かりやすい紹介があり、私はそこで発見をしました。チェンバロの音色です。以前からチェンバロの音色は聞いたことがあったのですが、この奇妙な音色はどんな楽器から出ているんだ!?と、疑問に思っていました。そして今回、始めはピアノだと思っていた楽器からあの奇妙な音が出てきたので、とても驚いた上で面白いと思いました。また、篠崎さんも音楽は世界中で通用するツールだという事を仰っていましたが、その力を痛感しました。私は音楽の知識をほとんど持っていませんが、演奏を聴いて非常に癒されました。同じようにどの国の人の心も動かせると思います。そのため、音楽はグローバルな社会でも大切にしたい要素だと感じました。今回は感染対策のための4部構成ということで、通常より公演時間が短かったのが惜しまれるところですが、もっと聴いていたいという興奮を残すことができました。今の時期にコンサートに参加できた私達は本当に幸せ者です。また安心して生の音楽を楽しめる環境になることを改めて願いたいです。



 



難関コース

今回のコンサートで聞いた曲はとても有名でしたが、どういう意味が含まれているのかよく分かりませんでした。今まではよく聞くBGMとしか感じていませんでしたが、今回は軽く解説を受けて、その曲のイメージや曲の背景などを理解して聞いてみると受け取り方が全く違いました。はじめに演奏された曲である「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」はタイトルが小さな夜の音楽を意味しておりモーツァルト自身が付けたようです。また、この曲のあらすじとして、恋人の窓辺で夜に奏でる恋の歌に行きつき、やがて18世紀の中頃になると、貴族の邸宅や園遊会などの場で客人をもてなす夕べの音楽として使われていったようです。僕は教養がなかった為、このような背景があったのを知りませんでしたが、知ってから聴くと、優雅な雰囲気から始まり、どんどん盛り上がって舞踏が始まるようなイメージが止まりませんでした。そのように聴くと、ただ有名な曲を聴いているというつまらない感想で終わることはなく、楽しめるようになります。今回のコンサートで一番の気づきがこれだったので知れてよかったです。えどとりはこのように教養を深めるために色々なコンサートが開かれています。そのコンサートを適当に聞いて適当に済ますこともできますが、それだと今後の人生でクラシックコンサートを聞いた時、今と変わらず適当に済ましてしまう気がします。それだと一緒に行っている人もつまらないし、お金と時間の無駄です。それらを無駄にしないようにこれからのイベントに参加していきたいです。

 



難関コース

僕は今回のNHK交響楽団の篠崎史紀さんを代表とする弦楽器を扱っている方々の演奏をお聞きして、音楽というものの素晴らしさに気付くことが出来ました。普段から音楽自体は聞いているのですが、今回のようなオーケストラの音楽を聞くことはほとんど無く、とても新鮮で貴重な体験でした。最初に来てくださった方々の紹介があったのですが、演奏しに来て頂いたどの方も素晴らしい実績があり、音楽の本場を渡り歩いてきたような方々ばかりでした。普段は高いお金を払って聞くような演奏を学校のイベントという形で聞くことが出来たので、このイベントを設けていただいた方々に感謝をしたいです。演奏してくださった曲は、モーツァルト作曲の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」と、ヴィヴァルディ作曲の四季より「春」「夏」です。両者ともとても有名な曲で、特に「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」はとても音が綺麗で知っている曲ということもあり、とてもいい気分で素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。僕もピアノを習っていて、正直学校や部活との両立が厳しく辞めたいと思っていたのですが、今回のコンサートで音楽の持つ力の素晴らしさに改めて気付くことができたので、気持ちを改めて取り組んでみようと思うことが出来ました。コロナウイルスで大変な時期にわざわざ学校まで着てくださったNHK交響楽団のみなさん、ありがとうございました。



 
 



難関コース

今週の月曜日に篠崎史紀さんと、N響の方々による、特別コンサートが開かれました。とても素晴らしいコンサートになり、普段あまり興味の無い音楽に、ここまで聴き入るのは正直初めての経験でした。コンサートは、最初にモーツァルト作曲の有名な曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」でした。この曲は、モーツァルトの父親であるレオポルトが亡くなってから約2ヶ月後に発表された曲で、亡き父宛に「自分はこれだけの作曲家になれたんだ!」という、誇りや威厳を伝えているような曲でした。さらに、弦楽合奏のために書かれた曲とあって、N響の方々の弦楽器全てが生き生きとしていて、音を耳で感じるというより、体で感じる、そんな演奏でした。特に個人的には、使われていた弦楽器の中で、最も大きく最も低い音が出る、チェロが好きです。演奏中は、あまり目立った音が見られないチェロですが、無くなってしまうと演奏に乱れが出てしまう。バンドだと、ベースのような立ち位置なのかなと、勝手に自己解釈していて、その立ち位置に少し憧れを抱いています。最後に演奏してくださった曲が、ヴィヴァルディ作曲「四季」より「春」と「夏」です。これも先程の曲同様、どこかで聞いたことがある曲でした。四季と題にあるようにこの二曲は、4つの季節を題材に、それぞれの良さや味が出て聞いているだけでその季節にいるかのようです。僕個人の感想だと、「春」は冬が明けたことによる嬉しさから明るいイメージが伝わってきました。けれど「夏」は、自分がイメージする夏とは、少し違っていて文化の違いを感じました。二曲ともN響の皆さんの素晴らしい演奏から感じ取れたことです。素晴らしい演奏、ありがとうございました。

 

 

 



難関コース

世間がコロナ禍にあり、今まであたり前に感じていた娯楽や心のよりどころにも規制がかかってしまう昨今、今回のような素晴らしいコンサートをお聴き出来たことを幸せに思います。今回の演目は私も良く聴く曲や挑戦したことのある曲でした。生で聴くのはどれも初めてでとても貴重な経験をすることができました。全員が同時に弾いてることを疑うほど小さな音から、ホール全体に響き渡る迫力のある音まで、幅広いハーモニーを奏でられるところがアンサンブルの魅力だと思いました。そして音楽は人の心を動かし、癒しを与えるものなのだと今回改めて思いました。

篠崎史紀さんは、音楽が言語や文化の壁にとらわれない、世界中の人と繋がることができるコミュニケーションツールだとおっしゃっていました。楽譜は言語と違って万国共通の読み方をし、同じ音楽を聴いて楽しむことができ、心を一つにアンサンブルを奏でることもできます。私は普段、仲間と一緒にアンサンブルを楽しんでいますが、今回の演奏、舞台にいる全員が息を揃えて音を重ねる感動が客席にも直に伝わってきたのを感じて、自分たちもこんな感動を届けたいとより一層思いましたし、音楽を通じて出会えた仲間達をこれからもずっと大切にしていこうと思います。

私が特に影響を受けたのは、リーダーの存在です。アンサンブルの中ではコンマスと呼ばれるもので、指揮者のいない弦楽アンサンブルではハーモニーを作るにあたってコンマスが非常に重要な役割を担っています。私は人の注目を浴びたり、視線が寄せられることに苦手意識があります。しかしそれではメンバー全員が息を合わせて音楽を作り出すことはできません。だから、コンマス、リーダーという立場になってみんなを統率するためにはまず技術を磨き、その音楽を誰よりも理解して、自信を持ってメンバー全員に意識を向けられるように努力を惜しんではいけないのだと思いました。今回のような機会に感謝して、これからもより一層練習を頑張ろうと思います。今の情勢が落ち着いたらまたN響の演奏会を聴きにいきたいです。