1組 Aさん
 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」では、チェロとコントラバスの低音と、バイオリンの高音が重なり合う部分が華やかな音色を紡ぎ出していて、弦楽合奏ならではの美しさを感じました。私は弦楽同好会に所属しており、ヴァイオリンでこの曲を演奏したことがあります。曲を通して盛り上がる部分から静かな部分への展開の緩急があるところが好きで、プロの方の演奏を聴くことができて気持ちがわくわくしました。仲間と共に奏でるハーモニーの美しさと喜びを、今後の自分の演奏に少しでも活かしていけたらと願っています。ヴィバルディの「春」「夏」では、春の訪れの喜びや軽やかな気持ち、夏の天候に翻弄される人々の不安や不穏な様子が良く表れていて、実際に自分がその季節を体感しているかのような気持ちになりました。秋や冬を含めた四季を通してぜひ聴いてみたいと思います。今年はコロナの影響で色々な催しが自粛になっていますが、今回のコンサートをお聴きして、音楽には人を癒したり勇気付けたりする力があると改めて感じました。このように校内で音楽に触れる機会、仲間と共に学習したり、音楽を奏でる日常は決して当たり前のことではなく、感謝の気持ちを忘れてはならないと痛感しました。勉学や部活に打ち込める環境に感謝して、これからも学習や部活に一生懸命取り組んでいきたいと思います。また、将来医師になり、医療や音楽を通して人々に癒しや希望を与えられるような存在になりたいという決意を新たにしました。







2組 Bさん
 私は、今回の演奏をお聴きして、音楽の重要性と学生である今のうちから勉強だけでなく芸術や音楽など感性を育てるようなさまざまなものに触れ合うことの大切さを痛感しました。日本、世界を代表する演奏家の方々の演奏を実際に聞けるのは私の人生において貴重な経験となるに違いありません。今回演奏していただいた曲は有名な曲でどこかで聴いたことがあるような曲でしたので、管楽器の経験がない私でも親しみを持って、心から楽しむことができました。特に演奏の中で私が1番感動したのは、四季の春です。演奏中に聞こえる美しい響きは、単なる楽器の音色ではなく、まるで春の日に鳥たちが歌っている、さえずりのように聞こえました。最後に、音楽は世界共通で国や言語の壁は関係ないと言うお話がありました。私はその話をお聴きして、本当にその通りだと思いました。最近は新型コロナウイルスの拡大など世界的な混乱がありましたが、そんな時も音楽の力で人々に元気を与えようと活動している人々がいることをニュースで知りました。音楽は世界共通でどこか人々の壁を取り払う不思議な力を持っているのだと言うことを今回の演奏をお聴きして改めて知ることができました。これからも今回のような演奏や他にも講演会などがあると思いますが、そのような普通なら経験できない貴重な体験をこれからも享受していきたいと思います。







4組 Cくん
 私は、今回、篠崎史紀&N響の仲間たちコンサートをお聴きして、改めて音楽の素晴らしさに気づくことができました。最初の、モーツァルト作曲『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は、私が気分の良いときに思わず口ずさんでしまう大好きな曲です。久しぶりに生演奏で聴くことができて胸が躍りました。次の、ヴィヴァルディ作曲『四季』より「春」「夏」では、ソロヴァイオリンのテクニックの凄さに感動しました。特に、雷鳴や北風、霰、雹の激しい様子が伝わってきました。また、鳥の鳴き声や犬の吠え声、蠅の羽音などが臨場感を醸し出していました。曲を通して、春の小川が流れる牧草地の風景や、真夏の気怠い不穏な情景が目に浮かびました。コロナ禍でどこにも出掛けられない中このような演奏が聴けて、旅をした気分になれました。更に、篠崎氏が語られていた「ミュージックディスタンス」に共感しました。音楽は、言語・宗教・文化にかかわらず通じ合える素晴らしいものです。異国で約250年前に作られた曲を聴いても、その情景が浮かび、まるでそこに自分がいるように思える音楽の力に感動しました。そして、世界は音楽で一つになれると思いました。このような機会を与えて下さり感謝しています。素敵な演奏をしていただきありがとうございました。





9組 Dさん
 回、篠崎史紀&N響の仲間たちコンサートに参加して、聴くこと以上に演奏を見ても楽しめたコンサートだなと感じました。特にそのように思ったところはヴィヴァルディの季節を演奏されていた時でした。ヴィヴァルディの「春」は穏やかな演奏で始まるのですが、「夏」の章に入ると夏風などを表す激しい演奏へと変わっていきます。その部分をこのコンサートで聴いた時、バイオリン演奏を本当に聴いているのかと自分でも疑うほどとても驚き、視覚からも聴覚からも魅了されました。普段オーケストラのコンサートに行かない私にとって初めての感情でした。こんなにも私の心が揺り動かされた理由は、突然変わる曲のテンポの速さとそれに正確についてくる演奏者の手の動きです。ゆっくりとしたテンポからとても速いテンポへの切り替えや演奏者1人たりとも一糸乱れぬ動きで演奏している姿にとても感動しました。コロナ禍の状況でもこのような素敵なコンサートをしてくださったN響の方々にはとてもありがたく思います。





11組 Eさん
 高入生の私にとって、今回のコンサートは、江戸取で初めてとなるイベントでした。今の世の中の状況を考えると、このようなコンサートを開けること自体がどんなにありがたいかということを、身をもって実感しました。企画をして下さった先生方、いらっしゃったN響のみなさん、本当にありがとうございました。私はプロの音楽家による演奏を生で聴いたことは一度もありませんでした。実際に聴いてみると、演奏のすばらしさに感銘を受けました。大ホールいっぱいに響くきれいで華やかな弦楽器の音に心を奪われました。プロ奏者が奏でる美しく洗練された音に終始聴き入ってしまいました。私は正直、ヴァイオリンとヴィオラの区別もつかないほど弦楽器に関して無知でしたが、今回のコンサートで弦楽器のもつ様々な魅力に触れ、知識を深め、感性を磨くことができました。そして最後に、音楽とはどのようなものなのかについて少し触れたいと思います。篠崎さんは、音楽とは感情と感情を同時に分かち合うことのできる最大のコミュニケーションだとおっしゃっていました。私も本当にその通りだと思いました。音楽とは、人と人の心をつなぐかけ橋のようなものなのではないかと思います。これからも、音楽を通して、多くの人々と心を通わせ、感動を分かち合っていきたいです。





12組 Fさん
 音楽とは人種、世代、宗教関係なく通じ合えるものです。N響のコンサートマスターであり、今回のイベントにいらした篠崎史紀さんがおっしゃっていたことです。2020年も残り4か月となりましたが、今年は例年とは違い、新型コロナウイルスの蔓延や人種差別の問題、国と国民との争いなど、負の連鎖が多く続いた年であったことは、私たちの記憶に深く残るものとなりました。人と人との距離が離れ、時には気持ちも離れていきそうになったこの一年でしたが、今回、篠崎史紀さんとN響の皆さんの素晴らしい演奏を拝聴して、改めて音楽の力というものを実感したような気がします。音楽には演奏する人、それを聴く人、二つの思いと感動が重なって初めて成り立つものであると言われますが、そこに「境目」というものは存在しないであろうと、今回のコンサート、そして篠崎さんのおっしゃっていたことを通して強く思いました。言葉が違えど、好みの音楽ジャンルが合えば一緒に楽しむことができる。宗教が違えど、習慣が違えど、楽器というものは言葉なしでハーモニーを生み出して、通じ合うことができる。むしろ、言葉や宗教、人種などの「境目」がないからこそ、音楽というものは人間の感情や思いを素直に表現し、伝える力を持っているのではないかと思えてならないのです。今回来てくださった篠崎さんとN響の皆さんは、「弦楽器」と呼ばれる、張られている弦を弾く、もしくは振動させる楽器で演奏してくださいました。バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス 、そしてチェンバロ、大小様々な楽器が美しいハーモニーを奏でる姿に、違った個性を持つ人間同士がお互いを理解し合って生きていく姿が、私の目に浮かんできました。N響の皆さんが、お互いに息を合わせて弾き始めを合わせ、ご自分の演奏される楽器の個性を存分に生かして演奏される姿は、大人数で一つの物事を完璧に完成させることへの熱い情熱を感じました。一人先走ることも、出遅れることもなく、相手を思いやりつつ前進していくことは、楽器の演奏以外でも、日頃の生活の中でも大事なことの一つであることい違いありません。今回のコンサートで私が感じたことは、絶対に忘れないようにしたいと思っています。