観世流『能』観劇会
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「幽玄」の世界 |
能は言葉を発せず、物や身体を使って表情を表現します。能は落語や歌舞伎と並び日本の伝統芸能の一つで、古くから日本に親しまれています。舞台芸術には狂言もあります。この二つの違いを調べると、最も大きな相違点はお面をつけるかつけないかという点です。能は身体を使って表現をするのに対し、狂言は言葉によって感情を表現します。また、能は霊や鬼などが主題になりますが、狂言は動物が多く登場し、観客の笑いを誘います。能は国の指定文化財であり、ユネスコの無形文化遺産にもなっています。 |
一歩引いた視点で見る |
能の解説の最後で、「一歩引いた視点で見る」という言葉がありました。私は最初から何かにのめり込むことはあまりなく、いつも周囲の人たちを観察し、その意見を分析してから自分の意見を構成しています。集団の中で自分の意見を伝えるには、説得力とプレゼンテーション能力が必要になります。説得力は他者の意見を利用し、論理を構成した方が効果が上がります。説得力を向上させるには、「一歩引いた視点」が重要な役割を果たすのです。 |
『井筒』の世界―せつなく、もの悲しい物語 |
「能」とはどんな雰囲気の中で、どのように、何を題材にして演じられるのか、様々な疑問が浮かび上がってきました。 |
能面こそが真実の顔 |
伝統芸能である能は本当に素晴らしいものだということを実感しました。能について説明してくださった方は、観阿弥の27代後、世阿弥の26代後だとうかがい、観阿弥・世阿弥が作り上げたこの伝統芸能が、長い間継承されてきたことがよくわかりました。感情の表し方や、すり足での歩き方など、詳しいことを知ることもできました。実際にその動きをしてみて、それぞれの所作に細やかな感情が表現されていることもわかりました。能を演じている時には、能面を付けているため、表情を変えることはできません。しかし、様々な決まった動きをすることで、多くの感情を表現することができるのです。 能面はいわゆる仮面ではなく、能面こそが真実の顔であり、自分の顔を能面として使えと世阿弥の時代からいわれているそうです。能面は無表情ではなく、あらゆる表情を内蔵し、演技者の技によって無限の表情を舞台で生み出すことができるのです この観劇会で、日本の伝統芸能の魅力を知りました。次は違う演目の作品も鑑賞したいと思います。 |
人間にしかできない伝統芸能 |
能の持つ力強さはもちろん、さらに繊細さも合わせ持つすばらしい伝統芸能だと感じました。一つひとつの動作が美しく、言葉遣いに関しても、実に丁寧だと感じました。 |
神への祈りの伝統芸能 |
能はまさに日本の伝統芸能であり、長くて奥深い歴史を持っています。今から600年以上も前の室町時代、豊作を神に祈った田楽から舞台芸能へと発展し、能は完成されましたが、「神への祈りの芸能」として、神に敬意を表すための「掟」があるそうです。例えば舞台では汗を流してはいけない、大きな音を立てて歩くのではなく、すり足で歩かなければならないといったものです。このような昔から受け継がれてきたしきたりがあるからこそ、上品な美しさや清らかさを自然に作り出すことができるのだと思いました。 |
心が落ち着いてく芸能 |
最後まで集中して鑑賞することができた観劇会でした。わかりやすい解説もしていただき、楽しみながら勉強できました。能面も間近で見ることができ、よい経験になりました。 |
古典学習の大切さ | ||
信長、秀吉、家康も好んでいたという能は、長い歴史を持つ伝統芸能ですが、難しいというイメージがありました。けれども解説がわかりやすく、よく理解することができました。能の動きは歌舞伎や狂言と比べて緩慢ですが、その一つひとつの動作が様々な意味を持っていることを学びました。次回、能を鑑賞するときは、解説がなくても理解できるよう、さらに古典の勉強をしていきたいと思います。 能面にはたくさんの種類があることも学びました。能面の表情には様々な感情が込められています。それぞれの能面が作品の中でどのように使用されているかを見るのも、能の楽しみ方のひとつです。能をきっかけに、日本文化や伝統芸能をさらに詳しく学びたいと思いました。このような貴重な機会を設けてくださったことに感謝します。 |