中等部2学年

  わらび座観劇会に参加して 

2017.7.12

     

人間味あふれる金次郎 

 私は、二宮金次郎に関する劇だと聞いて、きっと全員が着物姿で出てくるのだろうと思っていましたが、それは違いました。劇が始まると、いきなりジャージ姿の女の人が出てきて歌い踊り始め、二宮金次郎はムーンウォークで登場し、とても驚きました。そのあとも現代の女子高生の会話があったり、二宮金次郎の昔話に入った後も、ところどころ笑えるところがあって、とても楽しく見ることができました。                       

 また、二宮金次郎に対する印象も変わりました。今までは、銅像が薪を背負って本を読んでいる姿から「真面目」「勤勉」というような少しお堅い印象を持っていましたが、劇で村おこしや町おこしなどの仕事に熱心すぎてお嫁さんに逃げられてしまうエピソードや、自暴自棄になって周りに何も言わずに一人で旅に出てしまう姿を見て、必ずしも完璧な人間ではないことがわかり、親近感を覚えました。

 さらに、これは劇の内容ではなく役者さんのことですが、一人の役者さんが何役もこなし、一人一人の登場人物にあわせて口調や身振り手振りなどを使い分けていて、役作りの大変さを感じました。さらに、歌も上手で主人公の心の変化に合わせて歌の雰囲気が変わり、とても感動しました。すばらしい劇を鑑賞できる機会に恵まれていることに感謝し、いつか『わらび座』の他の作品も見てみたいです。

人々に愛され、尊敬された金次郎
 わらび座「二宮金次郎」を観て、まずその親しみやすさに感動しました。中学1年生の時に、校長先生講話で二宮金次郎について学びましたが、その時、彼が才能ではなく「とても大きな努力」によって後世に名を残すことをやり遂げたということを話してくださいました。

 今回のミュージカルでは彼の偉業だけでなく、彼の素直な気持ちを、はっきりと感じ取ることができました。もちろん、彼が当時、どのような思いで行動していたかは、今となっては私たちには正確なことはわかりませんが、それでも、今回のミュージカルを通して彼の姿を身近に感じることができました。また、彼の素直さが周囲の村人や領主達の心を惹きつけていく様子が、楽しく表現されていました。

 ミュージカルの後、「なぜ、二宮金次郎や領主の政策に反抗していた村人たちが、彼らの政策に協力するようになったのか」と言うことについて考えてみました。改めて気づいたのは、苦難を感じさせず、常に明るく長い時間をかけて、村人たちに歩み寄って行った二宮金次郎の人柄や努力に対する村人達の尊敬の念でした。今回、楽しく二宮金次郎を学ぶことができ、とても感謝しています。 

    

 

人々のお手本となるように働いた金次郎

 今回の劇団わらび座観劇会は、今までに体験したことのないイベントでした。劇団わらび座の「KNJIRO! ~本当は面白い二宮金次郎~」は、ミュージカルのなかで笑いあり、涙あり、そして僕達が学ばなければならないことがたくさんありました。

 一つは、二宮金次郎の行動力です。金次郎の人生はとても、楽な人生ではありません。川の洪水を防ぐために堤防に松の苗を植えたり、田畑の草抜きの順番や節約の仕方など理論的に考えた行動。また、他人のために村の復興を始めたり、家老の服部家の財政を立て直したり、他人のために草鞋を作ったりなど、他人のために行動しています。小さい時から洪水の後の田畑に落ちている薪を拾い、売ったお金で生活しようとしたり、薪を売る場所までの移動時間に本を読んだりなど、一生懸命に働き、勉強していました。この常に人のことを思いやる心と、自分のためだけではなく、他人を助けるための行動力。人々の「お手本」ともいえるように猛烈に働き、勉強しました。これが二宮金次郎なのです。

 もう一つは小田原藩の領地である桜町領の立て直しを任された時のことです。最初、金次郎は、自分が町のみんなのお手本となるように働くことで皆が自分と同じように行動し、自分の理想通りに町が変わっていくと信じていました。しかし、金次郎が来る前に町の立て直しを任されていた人は、金次郎のやり方が気に入らず、金次郎の邪魔をします。ここで金次郎が忘れてしまったものに気づかされました。元々、立て直しというものは自分の理想のために行うものではなく、その場所に住んでいる人のために行わなくては意味がありません。他人のために行っているのだということを心得て行動しなければ周りの人は自分に付いてきてはくれないのだと気づきます。このような一生の思い出に残るようなミュージカルをしていただき、わらび座の皆さんありがとうございました。

村人との価値観の違いに気づいた金次郎

 私が今回の観劇会で感動したことは二宮金次郎の人民に尽くす心です。金次郎がその生涯でどのような偉業を成し遂げたかについては去年の校長先生講話でお聴きしましたが、その時の金次郎のイメージからとても難しい内容の観劇会ではないかと考えていました。しかし私が考えていたよりも面白く、楽しいものでした。私はこの観劇会で金次郎の活動が順風満帆であったころだけではなく、村の再興がうまくいかずに落ち込み、行方不明になってしまうところまで様々なことがあったということが分かりました。

 また、金次郎の言葉で印象に残ったことは「正義は人によって違う」ということです。金次郎が村の復興を目指し、良かれと思って行動したことでも村の人から見ればそれが仇になります。なぜこのようなことになるのかと金次郎がひとり静かに考えたところ、それは自分と相手の価値観の違いであることが分かりました。私はこの話は現在においても言えることだと思います。例えば、自国の人々を救うために戦争を起こして隣国に攻め入ったとしたら、攻める国から見ればそれは正義のためかもしれませんが、攻められた国の人々から見れば「悪」にしか見えません。このように自分たちのことしか考えずに行動するようではいつになっても争いはなくなりません。私も自分のことだけではなく他者との関係も考えたうえで行動したいと思います。今回の観劇会で様々なことを学ぶことができました。このことを忘れずに過ごしたいと思いました。

 

     

前へ前へと歩み続けた金次郎

 今回の劇団わらび座の二宮金次郎の観劇会に参加することができ、とても良かったと思いました。二宮金次郎という人物は校長先生の講話でとても勤勉な人物であるということを学びましたが、その生き方や業績など詳しいことはあまり知りませんでした。そのため今回の観劇会にはとても興味があり、楽しみにしていました。

 二宮金次郎は、勉強以外にも一生懸命な人物でした。小さい頃は貧しい暮らしの中でも、自分からその暮らしを良くしようと積極的に働き、周りの人々から尊敬されるようになりました。やがて、金次郎の働きぶりやその人柄は、幕府からも評価されるようになり、その後たくさんの藩や村で復興を成し遂げました。難題に突き当たったこともありましたが、金次郎はいつでも果敢に立ち向かい、死ぬまで働きつづけ、社会に貢献しました。金次郎の大切にしていた生き方は「自分から前に進もうとする」ということでした。自分から前へと積極的に行動することは、自分の世界を広げていくことにつながるということが、二宮金次郎の物語を通じてよくわかりました。

 劇団わらび座の劇は、その演技や衣装や音楽、音響などで、物語の時代背景やどういう場面なのかをわかりやすく表現されていて、物語の中にどんどん引き込まれていきました。すべての役に様々な工夫がされており、金次郎やそれを取り巻く人々が実に生き生きと表現されていました。物語をわかりやすく、そして観客が引き込むことができる劇団わらび座はすばらしい劇団だと改めて思いました。

人々に豊かさを与えた金次郎
 私は大ホールに入った時、わらび座の二宮金次郎の劇のステージ・セットを見て興奮しました。江戸取入学後、いくつかのイベントを体験しましたが、セットがあるのは初めてでした。小学生の時、年に一回、今回のような演劇を鑑賞する機会がありましたが、小学校を卒業してから1年近く、演劇を見る機会がなく、本当に久しぶりでした。

 二宮金次郎については去年の講話で学びましたが、金次郎がみんなの生活を豊かにするために働いていたことは初めて知りました。ある武士が「百姓の下には立ちたくない」と言う場面がありましたが、その藩主が「時には人間を身分で分けるのではなく、知識がどれだけあるのかで分ける必要もある。」と言っていて、その通りだなと思いました。

 二宮金次郎はただの勤勉で堅い人ではなく、低い身分の人を差別せず、能力がある百姓を大切にする人であり、また自分より人のために働く、心が豊かな人だということがわかり、そういうところは見習うべきだと感じました。 

                                       

                                 

「歩き本」の金次郎

 私は今回の劇を見るまで、二宮金次郎という人物は銅像になるほどの偉業をなしたことは知っていましたが、何をしたかはよくわかっていませんでした。今回の観劇を通して二宮金次郎の本当の凄さや偉大さがわかりました。金次郎は常に物事を理論的に考え、人のためになるような業績を残しました。どんな時にも諦めず、常に前に前にと歩もうとしていました。公演が始まるまでは難しいお芝居なのかと思っていましたが、見てみたらそんなことはまったくありませんでした。劇団の方々が楽しそうに劇をしているところを見ると、私も何故か楽しい気分になりました。金次郎の考え方には私自身、様々なことを考えさせられました。

 今の時代、歩きスマホがある中で二宮金次郎像の「歩き本」は悪影響を与えるのではないかという、冗談のような意見があり、金次郎が座っている像などもあるそうです。私は金次郎像が悪影響を与えるとは思いません。まともに勉強する時間がなかった金次郎にとってはそれが唯一の勉強法だったのです。そこから「二宮金次郎」という人間の人生が始まったのです。原点なのです。私達は二宮金次郎の歴史を大切にしなければなりません、そのためにも私は「歩き本」の二宮金次郎像は残すべきであると思います。 

スパースターだった金次郎
 僕はこのミュージカルを楽しみ、またいろいろ学ぶこともできました。僕がこの観劇会で思ったことは、主に二つです。

 まず一つ目は、『わらび座』の演技力の高さです。ミュージカルはかなりの厳しい稽古がなければ完成しません。音楽に合わせた高度な演技力と歌唱力。「ミュージカルってこんなにも心を高揚させるものなんだな。」と思いました。プロローグの場面で銅像の金次郎が1ミリたりとも動かないところには「役者魂」を感じました。

 二つ目は、『わらび座』のミュージカルでは様々なことを学ぶことができたということです。ミュージカルというものは、音楽と劇の融合の芸術です。今回のミュージカルは、そこに学ぶ要素も融合して構成されていたように思います。二宮金次郎を違った観点から眺め、その素晴らしさを伝えようとしている情熱を強く感じました。

 中学1年生の時に、校長先生講話で二宮尊徳(金次郎)について学びましたが、今回は別の側面から金次郎について知ることができました。金次郎はただの勤勉な学生でなく、村を救い、人々を救うスーパースターでもありました。

 大きな太鼓や笛の音色に合わせて、歌い踊るそのミュージカルは、メロディも歌詞も心にしみ込む名曲ばかりで、大きな感動を与えてくれた観劇会でした。