中3九州修学旅行感想
 

得難い体験

 3年 女子     

 11月4日から8日までの5日間、私はこの修学旅行を忘れないでしょう。異文化とのふれあい、戦争の悲惨さ、昔の人たちの生活が感じられる歴史学習。その他にも阿蘇の山々の雄大さや、太宰府天満宮で感じた日本の文化など、この九州修学旅行でしか味わえないような体験ばかりでした。
 そのような貴重な体験の中でも、特に印象に残ったことについて考えてみようと思います。今回の修学旅行で決められていた三つの柱のうちの一つ、APUでの異文化体験において私は、自分はどうして相手に上手く伝わらないのか、あるいは伝えることが出いないのか、とてももどかしく感じました。自分の英語に自信がなく、聞いてみたいことがありましたが、英語が得意な友達に頼ってしまうことがありました。また、担当の方が言っていることが分からないで、かわりに友人が説明してくれた場面もありました。しかし、そんな異文化体験でも、良かったことはたくさんありました。言いたいことがいえないもどかしさから、もっと英語を勉強して上手くなりたいという気持ちが生まれました。担当のサンディーさんは上手く私たちに伝わらなかった時も諦めずに分かるまで繰り返し教えてくれました。英語を勉強することに意欲が湧いてきましたし、サンディーさんの優しさは国が異なっていても伝わると言うことを学びました。
 次は2つめの柱となる平和学習についてです。平和学習については、始めに原爆資料館を見学して、当時のことを詳しく知ることでした。そこは私が思っていたよりもずっとつらい出来事があったのだと教えてくれました。中には、自分と変わらないくらいの子供が被害に遭ったという写真までがあり、とても驚き、悲しくなりました。もし自分が同じ被害に遭ったとしたら、と考えると恐ろしい気持ちになり、重たく沈んだ心になってしまいました。原田先生の平和講話でも、戦争や原爆の生々しさが伝わってきて、やるせない気持ちでした。そんなつらく悲惨な戦争も、私たちが今こうして幸せ生活ができる土台となっておいます。私たちがこの戦争から目を背けず、後の子供達に伝えていくことが私たちにできることです。当時の人たちが守り抜いてきた平和を、必ず私たちも守っていきます。
 そして三つ目となる歴史学習は、主に昔の人たちが生活していた場所へ行って、実際に見たり体験することでした。熊本城の見学では、築城にあたっての当時の考えや、工夫がよく分かりました。吉野ヶ里遺跡では、昔の人たちがどのように生活をしていたのか、また生きるための工夫も見ることができました。どちらも自分たちの領地を取られないように必死に守っていたであろう姿が目に浮かびました。
 このように学ぶべきことが大変多く、またそれを身につけることができた修学旅行だったと思います。自分が全体の中で何ができるのか、そのことも一緒に考えたからこそ充実した五日間でした。この体験を今後どう生かしていくのかは自分次第なので、私はこの得難い体験を糧に今後に生かし日々の努力をしていきます。

一生に一度の修学旅行

 3年 女子

 修学旅行を終えてみて、それはとても楽しいものだったなと思っています。まず一日目、羽田空港から福岡空港へ飛行機で飛びました。この日は快晴でした。飛行機の窓から海が見え、波の動き、船の動きがとても遅く見えました。その後、柳川でドンコ舟に乗ったのですが、船をこぐ船頭のおじさんが上手な歌を歌ってくださいました。でもみんな興奮していて船頭さんの話をあまり聞いていなかったので、申し訳ないと思いました。年老いても地元の観光のために働くというには格好良いなと思いました。柳川にはレモンの木がけっこうあり、かんきつ類の木が多いということを知りました。
 二日目はAPUでの行動がメインでした。今回、私はパネルトークに出ることができて良かったと思っています。本番は思ったより難しくない質問だったので安心しました。この日のパネルトークに向けて、メンバー4人で前々から何度も抽象的な疑問について話し合っていました。前日には、なかなか話が進まず少し苛立つこともありました。でも結果、無事に終わったので、そんなことは水に流れてしまいました。パネルトークをして、一つ私の心の中に芽生えたものがあります。それは、中村ふみさんへの憧れです。彼女は私が、英語で言うことができなっ買った日本語を瞬時に訳してみんなに伝えてくださいました。また、その反対のこともしていました。しかも、ふみさんはとても「訳す」のが上手なのです。私もいつか近いうちにふみさんのようにすぐ英訳、和訳、英会話がスラスラとできる能力を身に付けたいと思いました。
 三日目は阿蘇山の博物館、熊本城に行きました。どちらにも韓国系の修学旅行生が多くいました。韓国と日本は海を挟んですぐなので、手軽に来ることができるんだなと実感しました。こんなことができるのも、日本と韓国にトラブルがないからで、もし何かトラブルがあれば、こんなことはできません。これからもずっと日本と他の国の国交が良好であることを願います。
 四日目は平和のありがたみ、大切さを実感させられた一日でした。原爆資料館では、原爆によって大やけどを負った人々や、焼け焦げてしまった人を写真で見ました。私はそれに強い衝撃を受けました。私は、この年に原爆の悲惨さを知ることができてよかったと思いました。校長先生講話で校長先生も「リーダーは平和を願わなければならない」とおっしゃっていました。校長先生が正しい道を示してくれたことに安心しました。そしてもっと平和と戦争の悲惨さについて学ぼうと思いました。五日目は吉野ヶ里遺跡で弥生時代の人の服を着て、弥生人になりきって楽しみました。かつらもかぶりました。ここではたくさん笑い、とても楽しかったです。大宰府では、一番大切な参拝を忘れてしまったことが唯一残念です。
 一生に一度の中3の修学旅行はとても充実した、心に残るものとなりました。中間実力試験まで残り2週間です。修学旅行を楽しんだのと同じように、試験勉強もがっちりとやって楽しみたいです。


 

人の心の中で起こる戦争

 3年 女子 

  昨日、4泊5日の長かったようで短かった修学旅行が終わりました。終わってしまった今、私が思う平和学習についての感想などを綴っていきたいと思います。
 私は今年の夏に広島を旅行しました。その時原爆ドームを見て、今回の修学旅行に臨みました。正直長崎に対する知識は殆ど無く、むしろ2つ目の原爆ということで長崎に対する姿勢が不十分だったと反省しています。長崎も広島も、敵国であったアメリカも外国も、例え貧しくても裕福でも若くても老いていても、男性でも女性でも、どんな人でも命の重さは同じです。長崎でもとても悲惨で辛く苦しい思いをしている方がたくさん居て人の命は何にも代え難い大切なものであると再認識しました。原田先生のお話は実体験であるだけにとても現実味があり、とても恐ろしいものでした。このような事実が後世に伝わって行かず、またこのような悲劇が起こると考えると背筋がぞっとしました。またこんな悲劇が私の生きている間に世界のどこかで起こるのだろうか、罪のない方々が大勢犠牲になるのかと思うと、とても恐ろしいです。私達若い世代が戦争の恐ろしさや理不尽を語り継いでいくことに重要性を感じました。また、私は今まで戦争が何故起こるのかとても不思議でした。戦争は何も産み出さず、ただ人の命を奪うだけの悲しみばかり産む行為だからです。「戦争は人の心の中で起こる」という原田先生の御言葉が心に強く残りました。私の疑問が消えていきました。戦争は人の心の中で生まれるものなのです。自分のことだけでなく、他人のことも思いやることにより、戦争は起こらないのです。
 私はリーダーは人一倍他人を思いやる事が大切だと考えます。その点江戸取の教育に私は江戸取生として誇りを持っています。心豊かなリーダーになる、つまり他人に目配り、気配りが出来る、思いやりのあるリーダーになるということです。
私は人をまとめたり、人に指示したりするのに抵抗があるので、今のところリーダーのような存在になる予定はありませんが、もしなる機会があったとしたら人一倍周囲の人間の意見を取り入れ、1人1人の意見をなるべき採用し、皆が納得出来るような素晴らしいリーダーになりたいと強く思いました。
 今回平和学習を受けたことによって長崎に対する考え方が変わり、戦争への恐怖が高まり、戦争に対する否定的な考えが強くなりました。また、戦争の悲惨さを語り継いでいく使命感や責任感が高まると同時に本校の教育に対する誇りが増しました。とても貴重な体験ができたと思っています。裏で私たちを見守ってくれた先生方、JTBの方々、校長先生、原田先生、バスガイドさん、運転手さん、その他たくさんの方々の協力、支えがあり、たくさんのものを得ることが出来たと感じています。本当にありがとうございました。


 

永遠に残る思い出

 3年 男子

  修学旅行は本当に楽しかったです。永遠に残る思い出になりました。
 修学旅行1日目は、ドンコ船に乗り、御花という資料館に行きました。ドンコ船は船頭さんと僕達が乗ったら船が本当にぎりぎり沈みそうになっていました。それでも船は水路をしっかりと進んでいき、すごく空気や風が気持ちよく、とても楽しい時間を過ごせました。また船頭さんの話がとても面白く、水路の掃除をするために水を全部抜くと財布や携帯電話がたくさん見つかるという話が、一番印象に残っています。
 2日目は、APUで異文化学習に取り組みました。僕はリーダーがどんな人かとても気になっていましたが、とても優しく、フレンドリーに接してくれました。僕たちの班のリーダーだけに限らず、他の班のリーダーもとてもフレンドリーで、個性あふれる方がたくさんいました。パネルディスカッションでも、自分が発表する所を英文で考えている時、リーダーが優しく教えてくれてうまく発表することが出来ました。とても楽しく過ごせました。
 3日目は、最初は阿蘇山の資料館を訪問しました。カルデラの中で生活している人達はいつも危険と隣り合わせであることが、説明や資料を通じて理解できました。火山の危険さを改めて理解しました。次の熊本城を見学しました。天守閣に登ることを楽しみにしていました。一番上まで登ってみると、熊本城の周囲360度すべて見渡すことが出来てとても感動しました。熊本城城主加藤清正のエピソードをガイドさんに教えて頂き、加藤清正のファンになりました。
 4日目は、まず原爆資料館を見学しました。とても心が痛くなりました。すべて焼け野原の写真や、焼け焦げてしまった方の写真、皮膚がただれてしまった写真などがたくさんありました。平和講話では原田先生が、身内を亡くした辛い過去を話してくれました。戦争の恐ろしさを忘れずに後世に伝えていくことが大切だと思いました。
 午後の自主研修は一番楽しかったです。グラバー園付近を訪問したり、出島を訪問したり、お土産のカステラを購入したりして、本当に楽しかったです。夜にはハウステンボスホテルに泊まり、窓からはハウステンボスが見え、食事もおいしく、本当に最高でした。
 最終日には吉野ヶ里遺跡を見学しましたが、過去にタイムスリップした感じでした。大宰府天満宮では、昔の人達のすごさを感じてきました。
 今回修学旅行の目的をすべてしっかり学びました。初めて経験することもたくさんあり、とても良い思い出になりました。

 

平和な時代を生きる幸せ

 3年 女子

 私は、この修学旅行に参加して特に二つのことについて考えました。
 一つ目は、APUで学んだ異文化についてです。私は、今まで一度も海外に行ったことがないため海外の人と触れ合うのは今回が初めての経験でした。もともと英語が得意な方ではないので、相手の言っていることを理解することが出来るのか、とても不安でした。が、実際話し合いをしてみると相手の人がゆっくり話してくれていたこともあり、同じグループの人と相談しながらではあったけれど、少しは伝えようとしていることを理解することができたと思います。すべてを理解できたわけではなかったけれど、コミュニケーションをとることで自分が当たり前だと思っていたことが当たり前ではないことがたくさんありました。例えば、鞄を持って買い物に行かないこと。鞄を持っていくと盗まれてしまうからだそうです。私は、鞄を持って出かけていても盗まれてしまうと考えることはありませんでした。そういうことを考えずに出かけられるというのは、私が日頃平和に暮らせているからだと思います。APUで異文化について学び、自分の文化が何処でも通用するわけではないことを実際に話をお聞きして理解することができました。
 二つ目は、平和についてです。私は日頃平和に暮らせているとわかったけれど、それは今だから。日本も、私が生まれる前は戦争をしていて平和とは言えないような時代がありました。原田さんの実際の体験をお聞きして今の時代の幸せさを知ることができました。「戦争はしてはいけない。」教科書を読み、何となくそう思っていました。しかし、実際はそんなに軽く考えてよいものではなく、戦争は自分が思っていた以上に悲惨なものであるとわかりました。いつ相手の国が攻め込んでくるかわからない中生活をしなければならない、おびえながらの生活をすることがどれだけ辛かったのか、今の生活になれてしまい、この生活が当たり前だと思ってしまう私には理解しきれないものだと思います。当たり前のように一日三食の安全なご飯を食べることができ、毎日学校に行き、安心して毎日寝ることが出来る。当たり前のようにしていることが実は当たり前ではなく幸せなことなのだということを改めて理解することができました。幸せになりたいと思うことがあるけれど、平和な時代を生きることが出来る、それだけでもう幸せなのかもしれないと思いました。いつかまた、たくさんの人が苦しむ戦争が起こらないように今回の経験を忘れずに生かしていきたいです。
 修学旅行では、他にも色々なことを学び、たくさんの楽しい思い出を作ることができました。たくさんの人の協力の上で出来たことだと思うので感謝の気持ちを忘れないようにしたいです。

新しい自分の発見

 3年 男子

 今回、僕がこの修学旅行に参加して、学んだことや感じたことが本当にたくさんありました。その中でも特に、立命館アジア太平洋大学(APU)と長崎の原爆資料館でお聞きした平和講話での体験はこれからの自分の意識を変えるようなものでした。
 最初にAPUでの研修です。APUでの研修を始める前、今の自分の英語力または会話力で相手の留学生に伝わるのか不安でたまりませんでした。それから、ミレニアムホールで学校紹介のプレゼンテーションを行いました。もし、自分だったらあんなに上手に英語を話せないと思い、悔しさと尊敬する気持ちでいました。それから、昼食をとり少しの間、班員とグループリーダーとの自由行動がありました。その時、本当に多くの国の人がいて、話している言語も英語や日本語でない言葉も聞こえました。僕たちのグループリーダーはイギリス人のダニエルさんでした。ダニエルさんは20歳で、日本語がイマイチだったので、全部英語で聞き、話さなければなりませんでした。また、イギリスなので、英語のなまりもあり、早く話していたので、なにをいっているか、初めはわかりませんでした。聞き取ることはとても難しかったですが、僕が英語を話して伝えようとすると案外伝わりました。けれど、伝えたいことをすぐに正確に伝えることはできませんでした。そのことがとても悔しく、もっと英語を勉強して話せるようになりたいという意欲がとても高まりました。僕たちが大人になる頃には英語が絶対に必要とよく耳にします。英語ができないと、国際社会に役立つ人材になることはできません。今以上に英語力を身につけたいと思いました。
 次に長崎原爆資料館での平和講話です。原田さんの講話をお聞きして、戦争は誰も得にならないし、人類が二度と繰り返してはいけないものだと強く感じました。当時、原田さんはとても幼く、生まれた時から平和な時代にいた自分にはわからない出来事でした。長崎に落とされた原爆は本当に罪のない子供や老人などの命を容赦なく奪いました。体験された方、原田さんの講話をお聞きして、戦争に対する恐怖や憎しみの気持ちが込み上げてきました。けれどそういう恐怖を憎しみの心から相手に味あわせてやろうという気持ちから戦争が起こってしまいます。だから、憎くてもやり返さない勇気が必要です。そのためには、原爆を落とされた唯一の国として、戦争の恐怖、平和とは何か、平和の大切さを後世に伝えていかなければなりません。二度とこのような過ちを犯さないようにしていかなければならないと思いました。実際の体験者からお話をいただけることは、一生に一度もないかもしれません。そのくらい貴重な体験をしたことに感謝し、託された使命を果たす必要があります。おそらく、平和な今、原爆について何も知らないまま一生を終える人もいるかと思います。それだと、もう一度同じ過ちを犯してしまいます。そのようなことをなくさなければなりません。
 今回、修学旅行に参加してたくさんの体験ができました。このような機会を与えてくださった先生方や旅行会社の方や、親やバスガイドさんとドライバーさんなどに感謝しています。これを機会に新しい自分を見つけることができたので、変わっていきたいと思います。


 

自主研修における発見

 3年 女子

  私たちは、11月4日から8日の間、長崎へ、修学旅行に行きました。
 今回の、この修学旅行の3つの目的は、異文化理解と平和学習と歴史学習でした。私がこの3つの中で一番心に残ったことは、立命館アジア太平洋大学での外国人の方との交流と英語でコミュニケーションをとったことです。この立命館アジア太平洋大学では、外国人の方と交流したことによって、日本と外国の違いを学ぶことができました。日本に住んでいて、当たり前だと思っていたことが外国に行った時、そうではないということがすごくよくわかりました。又、英語でのコミュニケーションでは、自分の英語力を知る機会にもなり、また、自分の意志を相手に伝えることの大切さを知る機会にもなりました。日本人は、自分から話すことや間違えることを嫌います。だから、私は最初、不安な気持ちがありました。しかし、大学からの最初の説明の際、間違えは大丈夫だと言っていた時、少し自分から話そうと思いました。だんだん慣れてくると、相手の話す英語がちゃんと聞き取れるようになっていきました。自分が話すときもジェスチャーを使い、一生懸命相手に伝えられるよう努力しました。この立命館アジア太平洋大学では、異文化に触れたことによって、日本という国についても知ることができ、そして、自分を知ることができました。
 次に心に残ったのは、平和学習での原田先生の被爆体験の講話です。私たちは戦争というものを全く知りません。本を読み、知ることもできますが、実際に体験した人からの話をお聴きすると、いかに戦争や原子爆弾が恐ろしいものであるか、そして平和の大切さを改めて実感しました。平和祈念像では、像すべてに意味があるなど、平和の大切さを感じさせられました。私たちは、戦争を知りませんが、原田先生から被爆の話を聞かせていただけたので、戦争の恐ろしさを知ることができましたが、今後の私たちが大人になった時、そのような話を知らない人が多くなってしまっているかもしれません。戦争の恐ろしさと平和の大切さを後世の人たちに伝えるのは大事なことであると知ることができました。
 最後は、この修学旅行の一番の楽しみであり、また、発見もあった自主研修についてです。自主研修では、たくさんの場所を周り、歴史についてよく知ることができ、とても素晴らしい時間を過ごせました。そしてこの自主研修では、2つの発見がありました。1つ目は、自分たちで計画を立て、それの通りに動くということです。私たちの班は時間の遅れはありましたが、計画していた場所を回ることができました。周ることができたのは、細かく計画を立てて、時間を気にしながら行動できたからだと思います。このことから、計画することの大切さと時間を決めることの大切さを学べました。2つ目は、バスガイドの方です。私たちの修学旅行の移動中、ずっと話をしてくれていたバスガイドの方には、とても感謝しています。ガイドの方のアドバイスや説明のおかげで、修学旅行の学習と自主研修は充実した時間を過ごせました。バスガイドの方の素晴らしさにも感動しました。
 今回の修学旅行では、自分で考えて行動することが多かったと思います。それのため、たくさんのことを学ぶことができて、また、発見がありました。その中では幾つかの失敗もありました。しかし、校長先生がおっしゃっていましたが失敗することで人は成長します。この修学旅行で学べたたくさんのことをこれからの生活に役立てていきたいと思います。

失敗を恐れずに

 3年 女子

 私たちにとって一生に一度しかない修学旅行を経験して、自分の目で見て体験して気づくこと考えることがあり、またどこに行っても江戸取生として行うべき振る舞いをする大切さも学びました。
 普段一日中英語を使った生活をすることがないので立命館アジア太平洋大学での交流はとてもためになりました。言いたいことや伝えたいことはあるのに、どう英語にして伝えればいいかわからない。そんなもどかしさからもっと英語を学ばなければならないと思ったり、また勉強するだけでなく話して使ってみることの大切さも学びました。そしてリーダーの人に英語が通じたり、話しかけられた英語が理解できたときとてもうれしかったです。私はAPUでの経験で特に感じたことは、校長先生がおっしゃっていた「一歩前にでる」ことの大切さです。一番最後にあったクラス代表の人が即興で英語のスピーチをするという挑戦、それを自分から一歩前にでてできるという強さを私は心から尊敬しました。私はやりたいと思うことがあっても自分から言い出すことができず、与えてもらうことを待つばかりです。そしてそれは甘えであるということにやっと気づきました。私はもっと自分の意見をきちんと言える強い人間になりたいです。失敗を恐れるのではなく挑戦していくことが大事だと思うので、これからもっと意識してがんばりたいと思います。
 また平和学習を通して、唯一の被爆国である我が国日本のことをたくさん学ぶことができました。原田さんからの講話を聞いて、そして生徒会長の言葉を聞いて考えさせられることがたくさんありました。今まで知っていたと行っても教科書を見たり授業で学んだというレベルで戦争の恐ろしさをまだまだ私たちは知りません。生の声を聞くという貴重な体験ができ、そして今私たちが戦争なく平和に過ごしていられるのは、戦争での苦しみや悲しみそして悔しさや怒りを乗り越えた人たちがいたからだと強く実感しました。これからは私たちが平和のためにできることをやっていかなければなりません。それについてよく考えて、また平和に感謝して生活していこうと思いました。
 バス内研修と自主研修ではとても充実した時間を過ごすことができました。バスでは少し寝てしまったときもありましたが、ガイドさんのお話を楽しんで聞きました。クラス全員で盛り上がることができ、とてもすてきな時間であったと思います。自主研修では班行動の難しさや大変さを痛感しましたが、計画表通りに進むことができました。しっかり自分達の足で学ぶことができたと思います。
 今回の修学旅行の三つの柱を通して私は新たな自分を発見することができたと思います。そして成功させることができたのは旅行会社さんやホテルの方など本当にたくさんの人たちの力があってであるということを忘れてはならないです。とても良い経験をさせていただいたことに感謝をして、修学旅行で学んだたくさんのことをこれからの生活で生かしていきたいと思いました。



 

 

APUの留学生から学んだこと

 3年 女子

 私はこの九州修学旅行に参加して大きく四つに分けて成長出来たと思います。    
 まず一つ目は、平和学習についてです。私は今まで平和について日常的に考えるということはあまりなかったように感じます。しかし今回、長崎の原爆資料館を見学したり原田さんのお話をお聞きしたり、平和公園でのセレモニーに参加したりするうちに、普段当たり前だと思っている平和な日常がどれほど尊いものかと実感しました。戦争が引き起こす破壊や人々の苦しみ・悲しみを知ることによって平和の大切さが改めて分かりました。戦争の歴史は教科書には事実としてしか書かれていません。だけれども、今回深い所まで知れてとても良かったと思います。これからは平穏な生活の幸せさをかみしめ、平和を祈り続けていきたいと強く思います。           
 二つ目は異文化学習についてです。私は初めて外国の方とまともに話をしました。自分の英語が伝わって嬉しかった反面、自分の思っていることが上手く相手に伝わらないことのもどかしさや悔しさが残りました。だからこれから、英語をもっと頑張らなければと思いました。また、伝えようとする心や相手の目を見て話を聞いたり話しかけること、笑顔でいることも大事なのだなと思いました。APUの方々は皆さんとてもしっかりした目標を明確に持っていて叶えるために一所懸命努力していると私は感じました。いつも自分は夢だけ大きくて口で言うだけで、本気で努力していませんでした。そしてその夢だって全然明確ではなく漠然としていました。そんな自分を今では恥ずかしく思います。だから今後は精神面と行動面を一致させ、努力していきたいと思います。                                      
 
三つ目は歴史学習についてです。私は太宰府天満宮は何回か行ったことがあるのですが、ガイドさんから歴史的背景などをお聞きして行くとまた違った印象を持ちました。いつも歴史は教科書で学ぶだけで実際見に行くことはなかなか出来ないのでとても良い経験が出来たと思います。また吉野ヶ里では先人達の知恵や生きていくことへの必死さを感じることが出来ました。                        
 四つ目はリーダーたるものどうあるべきかということです。私は今回班長になり多くの事を学べたと思います。皆をまとめる大変さを感じました。また先生方からの伝達をきちんと班員に伝えることや自分の判断に対する責任の重大さを感じました。正直言って毎日ミーティングがあったりと大変なこともありました。しかし今では班長をやってよかったと思います。リーダーになってみないと分からない大変さを知れたり使命を全うすることへの達成感を感じることが出来ました。また自分の浅はかさや未熟さを実感しこれからはもっともっと思いやりを持って行動していきたいと思います。                                    今回の
 修学旅行ではたくさん大変なことがあったり失敗もしてしまいましたが、とても楽しくかつ有意義なものに出来たと思います。今後、この旅行で学んだり得たりしたことを生かして学校生活を送りたいと思います。


 

これからのリーダーに必要な「温故知新」

 3年 男子

 今回の修学旅行では異文化体験学習、長崎平和学習、歴史学習の3つの柱について様々なことを見たり聞いたり体験したり、そして学んできました。これらを学ぶことで将来世界で活躍できる心豊かなリーダーになるためには何が必要か、そのために自分は何をするべきか、今の自分はどうであるかなど、色々なことを考えさせられました。また、個人またはグループで自主的に行動することで、集団の中の自分はどのような存在になっているのかを知ることができました。
 3本の柱の1つ、異文化体験学習は、修学旅行2日目に行ったAPUで外国の学生の方々と英語を用いて交流しました。最初のホールでの学校紹介では、僕は裏方で発表者のパワーポイントを操作するという役割を果たしました。発表者たちは発表当日の朝まで準備や発表の練習をするなど、本番に向けて発表を成功させるぞという気持ちで頑張っていました。そして本番では、うまく発表を成功させることができ、APU の方々に江戸取についてよく知ってもらうことができたのでうれしかったです。APUの方々との交流では、僕たちのグループは韓国出身のAPUリーダーと交流し、世界から見た日本についてや、グローバル化社会の中で如何にして生きていくかを英語で話し合いました。そして最後に話し合った内容を英語で発表しました。APUでは英語の大切さや意見を積極的に周りへ伝える力の大切さ、グローバル化の生かし方などを将来世界に出る上で大切なことを学びました。APUでの時間はものすごく充実した時間だったと思います。
 2つ目の柱、長崎平和学習では唯一の被爆国である日本の中で最も大切な場所の一つ、爆心地である長崎で、戦争や原子爆弾の恐ろしさや平和であることの幸せさにつて学びました。長崎は8月9日に原子爆弾が投下され、数万人もの人々の命が理由もなく犠牲になりました。そのような中、原爆の被害を受けながらも生き残られた原田さんから、当時の悲惨な状況についてのお話をお聞きすることができました。被爆者の高齢化のため、なかなか聞くことのできない被爆体験談を聞くことができ、とても勉強になりました。戦争はあってはならない、核兵器は存在してはならない、平和であることが何よりも大切であると改めて思いました。日常生活を何の不自由もなく送れているのは、平和であることが前提のことです。平和であることに感謝しつつ、永遠の平和を誓い長崎での平和学習を終えました。
 そして3つ目の柱である歴史学習では柳川や阿蘇山、熊本城や長崎などへ行き、それぞれの場所の歴史について学びました。阿蘇山では、バスでの移動中に見える美しい阿蘇の山々や不思議な形をした地形、河口から出る煙など関東では見ることのできない景色に感動し、阿蘇の太古の歴史に興味を持ちました。熊本城では500年もの昔の建物に感動しました。昔の人はどのようなことをしていたのか、城に住む様な人はどのような人だったのかなど、当時の日本について知ることが多くありました。長崎では江戸時代末期に開港するまで、日本唯一の貿易場所だった当時の長崎について学びました。博物館で貴重な昔の物を見たりして学んだり、出島を実際に訪れることで長崎は貿易で重要な場所だったのだと改めて思いました。自主研修で行った三菱重工の長崎造船所では戦時中の長崎の立場についてや当時の最先端技術について色々なことを学びました。吉野ヶ里遺跡では弥生時代の建物や石器、墓なを見ることができ、数千年で人類はどう進化したかも学ぶことができました。歴史学習は太古から現代までの時代について学ぶことができ、とても充実していました。
 この5日間にも及ぶ修学旅行で学んだものはこれからも役に立つものばかりでした。昔を知ることで今を知る「温故知新」という言葉で修学旅行を表すことができます。また、自主性を持つことの大切さを学びました。これからの時代は「誰かがやるだろう」ではなく「私がやる」という人がリーダーとして社会で必要になる時代です。その様な人になるためには大切なことを多く学ぶ必要があります。この修学旅行では大切なことをたくさん学ぶことができ、一生思い出に残る充実した楽しいものになったと思います。これから学んだことを今後に生かしながら今の江戸取生活をより良いものにしたいと思います。

子供を抱く女性の像

 3年 女子

 中3のうち2回ある4泊5日の旅行の2つ目である九州修学旅行。それは、異文化学習、平和学習、歴史学習の3つの柱に基づいて構成されていました。
 夏休みに行われた勉強合宿では、「自分がやろうと思えば、10時間以上の勉強だってこなせる。」などの自分の可能性を感じることができました。しかし、今回の修学旅行では、そんな勉強合宿とは、違ったものを学び取ることができました。
 一つ目の柱、異文化理解を目的としたAPUでの活動では、文化の多様性とその楽しさを実感することができました。英語を母国語としない人達が、すらすらと英語を話しているのを聞き、「私もあんな風になりたい!」と、強い憧れを抱きました。また外国人が日本に来て驚いたことなどを直接お聴きすることができて、日本と他国の違いをより強く感じました。今回、改めて思ったことは、様々な異なる文化が共存し合うからこそ、世界は、広く、楽しいのだということです。私は、また、江戸取の代表生徒の一人として、パネルトークにも参加する機会を与えていただきました。大きな舞台上で、「自分の意見を言う」といった経験は、私の今までの人生を振り返ってもあまりなく、かなり緊張しましたが、それだけに大きな自信となりました。しかし、一つ悔しいことは、その異文化に対する自分の考えを英語で表現することができなかったことです。遠藤先生は、「その悔しさをバネに、今度は、英語で考えを伝えることを目指そう!」とおっしゃって下さいました。私に、新たな目標ができた瞬間でした。異文化とは、国同士にのみ存在するものではありません。友人、家族、人と人とが関われば、必ずそこに存在するものだと知りました。
 二つ目の柱、平和学習では、原爆の恐ろしさと平和の大切さ、有難さを学びました。本や映画を通して、戦争については知っていたつもりでしたが、自分が認識できていなかったことが多々あったことを自覚できました。原爆資料館で展示されていた数々の品々は、私の想像を超えるものばかりでした。原爆によって、ひどい傷を負った人の写真や原爆投下時刻に時を止めた時計など、目を覆いたくなるようなものばかりでした。また平和講話では、実際に体験された原田美智子先生からお話をお聴きすることができました。親しい人がや大切な人が次々と亡くなっていくなんて、私達には、考えもつかないけれど、69年前には、当たり前に、起こっていたのかと、強い衝撃を受けました。その後平和公園に向かいましたが、爆心地公園で子供を抱く女性の像を見た時には、思わず涙が滲みました。このような健気な親子が、戦争によってどれほど犠牲になったのか。どんな願いを込めて、この像を作ったのか・・・。戦争はどんな理由があれ、絶対に行ってはならない。私は、強くそう思います。
 そして三つ目の柱、歴史学習では、日本人が今まで辿ってきた道を垣間見ることができました。教科書でしか見たことのなかった熊本城や吉野ヶ里遺跡、大宰府天満宮に、実際に訪れ、自分の目で見ることができました。行かないと分からないことがある、そう感じました。
 4泊5日という短い時間だったけれど、一日一日がとても充実していました。人間として大切なものをたくさん学ぶことができました。「また行きたい!」と心から思える素晴らしい修学旅行でした。

戦争のない世界へ

 3年 男子

 私は原田先生の講話が修学旅行の中で一番印象に残りました。長崎原爆資料館のホールに着き、金子先生の原田先生についての解説を聞いている時、私は「どんな人なのかな」と考えていました。すると、原田先生が壇上に現れました。その時、私は「元気そうな人だな」と感じました。原田先生は高齢の方にも関わらず、しっかりとした足取りでした。そして、数々の体験を語りだしました。      
 原田先生は子供の時、空襲警報が鳴り響く恐怖に怯えながら防空壕に入っていました。それを聞いた私は、今の日本がどれだけ平和になったのかを感じました。そして、八月九日も原田先生は朝から防空壕に入っていました。警報が解除されたため、外で遊んでいました。すると、洗濯ものを干そうとしていたお母さんが、警報もないのに飛行機が近づいて来るのに気づきました。お母さんが原田先生に危険を伝えようとした時、閃光が走りました。世界が白くなりました。原爆が落ちたのです。その後、原田先生は防空壕に行きました。皆、恐怖に怯えています。夜になり、街の方を見てみると、赤々と燃えていたそうです。                              
 そして、原田先生には気がかりな事がありました。お父さんの事です。お父さんは細身だったため、徴兵検査に落ち、町工場でバケツを作っていました。八月九日は、米とバケツを交換するため、出産のための下見として、田舎の家を訪れていました。用事を終え、帰ろうとする時、昼食を食べていかないかと誘われました。普段なら断るのに、何となくその日は家に留まりました。そして、大きな「音」がしました。家族のことが心配になったお父さんは、街へ向かいました。その途中、街を通った時、お父さんは地獄を見ました。「おかあさん」と叫ぶ子供達、「水をくれ」と言う人々。お父さんは自分の水筒の水を与えました。すると、その人はピクリともしなくなりました。                      
 私はこの部分を聞き、平和な日常を地獄に変えた原爆への怒り、そして原爆は心の苦しみも生み出したと感じました。アメリカは原爆を落とした後、「視察」をしに来たそうです。人間を何万人と殺し、心と体に深すぎる傷を負わせたのを、アメリカは「実験」と考えていたのでしょうか。お父さんは数日後、家族のもとに帰ってきました。しかし、その後も苦しみは続きます。原爆の後遺症にお父さんは悩まされ、次第に弱っていきます。そして、お母さんのお腹にいた弟は、生まれて何年かして亡くなります。そして、遂にお父さんもお母さんも亡くなります。原田先生は自分の大切な家族を原爆で失ったのです。
 私は、この講話を聞き、強い衝撃を受けました。教科書のたった二、三行の文とはリアリティが違いました。苦しみが伝わってくるのです。そして、深い悲しみ。それは、教科書では感じられません。
 私は、以前LHRで菅野先生が涙ぐみながら、中学生が語り部をしている人に「死に損ない」と言った事件について話していらっしゃいました。今回の原田先生の話をお聞きして、菅野先生の涙の理由を深く理解できました。戦争の時代を生きた人々は、深い傷を負いました。しかし、その人々が決してあきらめずに歩みだしてくれたからこそ、平和な日本があるのです。
 今回の講話を聞き、原爆は良い物を何一つと生まない、それを強く実感しました。私達、戦争を知らない世代の責任は、原爆、戦争の恐ろしさを次の世代に伝えていくことです。
 今、世界中の様々な人々が戦争の恐怖に怯えています。私は、平和な日本にいる喜びを常に持ち、戦争が今も起きていることを頭に入れ、後世に原爆、戦争の恐怖を伝えていきます。そして、いつの日か戦争のない世界が誕生するように願っています。 


 

楽しい思い出となった修学旅行

 3年 女子

 私は今回修学旅行に参加して、とても楽しい思い出を作ることが出来ました。修学旅行がこんなにも自分にとって大切なものになるとは思いもしませんでした。
 一日目には水郷柳川でドンコ舟にのりました。初めてドンコ船にのって水郷のすばらしさを感じることが出来ました。二日目は立命館アジア太平洋大学に行きました。多くの国の人々と交流することが出来てとても楽しかったです。初めはあまり英語を話すことに興味を持つことが出来ませんでした。しかし、自分の伝えたいことを英語で伝えることが出来たとき、とても嬉しかったです。自分でも外国の人とコミュニケーションをとることが出来ると言うことに気付いた一日でした。最初から伝えると言うことをあきらめるのではなく、「相手に伝えたい」という気持ちを持つことがとても大切なことなのだと思いました。今まで英語を勉強することを疎かにしていました。しかしこの様な貴重な体験をすることができ、もっと英語を話せるようになりたいと思いました。これからは、積極的に英語を話していきたいと思いました。
 四日目は平和について考えることができました。平和講話では原田さんの貴重なお話をお聞きすることができました。原爆で被爆した人々の気持ちをしっかりと感じることができました。戦争は決してしてはいけません。原田さんがおっしゃっていたように戦争は心の中で起こります。ちょっとしたいじめや、からかいが心の中で憎しみを生んでしまいます。その憎しみが大きくなって戦争が起きてしまうのだと思います。平和であり続けるためには私たちが次の世代に話し続けていくことが求められているともいます。一人一人が平和の大切さ、そして素晴らしさを理解していくことが、これからの平和に繋がっていくと思います。私はこの日の貴重な体験を決して忘れてはいけないと強く思いました。
 最終日、私たちは吉野ヶ里遺跡に行きました。この日は歴史について色々なことを学ぶことができた一日でした。吉野ヶ里遺跡にはたくさんの高床住居や倉庫がありました。また高床住居に上がることもでき、実際の高さを体験することもできました。歴史に触れることができとても楽しかったです。普段、あまり歴史に興味を持つことがありませんでしたが、実際に行ってみることで昔のものが今に至るまでしっかりとした形で残っていることがすごいことなのだと実感することができました。
 私は修学旅行を体験して、自ら体験して色々な事を学ぶことはとても大切なことだと思いました。そして仲間の大切さにも気付くことができました。また挨拶も習慣づけることができました。挨拶はする方もされる方も嬉しい気持ちになります。このことを改めて感じることができました。修学旅行では初めて知ることが多くありました。そして発見することの楽しさを感じることができとても素晴らしい思い出になりました。

日本人としての責任

 3年 男子

 僕は、修学旅行に参加して思ったことがあります。一つ目に思ったことは、九州は歴史がある場所がたくさんあるということです。まずは柳川です。僕は初めてどんこ舟に乗りました。どんこ舟の船頭さんが歌った歌も初めて聞いた歌でした。とても良い経験になったと思いました。次は熊本城です。熊本城は、日本の三大堅城の一つであるとバスガイドさんが言っているのを聞いて、すごい城なんだということがわかりました。僕は九州にくるまで、熊本城のことを大して知りませんでした。しかし、その城の中を班で行動したので、熊本城のことを詳しく知ることができました。そして、吉野ケ里遺跡では、弥生時代の物見やぐらや、高床倉庫などの建物を見て、その時代の歴史がよくわかりました。
 二つ目に思ったことは、長崎では平和を学ぶことができるということです。原爆資料館では、原子爆弾そのもののことや、被爆してしまった人たちなどの、原爆に関する資料を見ました。そして、平和講話では、当時の戦争の様子を、原田先生のお話をお聞きして、どのような物だったのかを理解することができました。平和公園では、平和記念像の前で平和を誓いました。僕たちが折った千羽鶴をささげるセレモニーを終えて平和学習は終わりました。僕は、この平和学習を通して、当時長崎に何が起こったのか認識することができたと思います。唯一の被爆国である日本の人間であるなら、目をそらさずに心に刻むことが、日本人としての責任な のだということがわかりました。僕は、普段の生活が平和であることに感謝しなければならないと思いました。次の世代の人たちは、原爆による被害者の方から直接お話を聞くことができないから、直接聞くことができた僕たちが今度は語り継いでいかなければならないと先生が言っていましたが、ほんとうにそうなんだと改めて思いました。
 三つ目に思ったことは、異文化体験が大切であるということです。立命館アジア太平洋大学(APU)では、そこの学生と交流し、英語で話し、様々な国の歴史や文化、習慣、マナー、考え方などをお互いに理解を深めることが目的でした。僕は、APUの学生であるリーダーと英語で少ししか話すことができませんでした。しかし、自分の国の文化を見つめなおすよい機会にはなりました。僕は国際人となるために英語力をこれから高めていこうと思いました。外国人とコミュニケーションをとるときは、失敗を恐れず、意欲的に英語を使うことが大切であるということを理解することができました。これからの時代は、グローバル時代です。そこでは、英語力を問われていくこともあると思います。以上のことから、APUの学生たちと交流を深めることができたのは、とても良い経験になったと思います。
 九州修学旅行では、充実した思い出をたくさん作ることができました。そして、三つの柱という目標も達成できたので、ほんとうに良かったと思いました。


 

同じことに向かって頑張る仲間

 3年 女子

 今回の修学旅行は、とても楽しかったというのが一番の感想です。しかし、ただ楽しかっただけでなく、多くのことを学び得ることができました。
 APUでは、私は学校紹介を担当させていただきました。伝えたいことを日本語で文にしてから、英語に翻訳、そしてパワーポイント作成、と、この日のために準備をしてきました。慣れない英語への翻訳は本当に大変で、自分の力だけでは完成することができず、生徒会の高3の先輩に手伝ってもらったりもしました。「日本語を英文にきっちり訳そうとするよりも、同じような意味の英文を作ってから日本語に訳すほうが簡単だよ。」と言って、声に出しながらスラスラと英文にしていく先輩はかっこよく、とても輝いて見えました。しかし、それと同時に自分の無力さと、自分も本当にこのような人になれるのかという不安を感じ、先輩がとても遠い存在のように感じました。一度は本当に自分にできるのかと不安に押しつぶされそうにもなりましたが、同じように頑張っている仲間を見て、きっとこれは自分を変えるチャンスなのだと、前向きに捉えられるようになり、修学旅行の日も1日目の夜、2日目の朝や部屋での空き時間、バスでの移動時など、空き時間を見つけて何度も練習しました。仲間の支えもあり、当日はとても緊張しましたが、堂々と楽しんで発表することができました。私はこの発表を通して、準備や練習を積み重ねてきたからこそ得られる達成感、一緒に同じことに向かって頑張る仲間の大切さ、そして一歩踏み出す勇気とそのことによって得られるものの大切さを感じました。さらに、上手く英文にできなかったもどかしさから、もっと英語ができるようになりたいと強く思うようになりました。先輩のようになりたいという、具体的な目標もできました。学校紹介以外でも、APUでは多くの体験をしました。完璧な英語は話せなくても、身振り手振りを使ってどうにか伝えようと努力し、伝わったときはとても嬉しく、英語で話すことへの自信を少しつけることができました。その他にも、チンタさんのスピーチを聞いて20歳とは思えない意識の高さにとても驚き、異文化についてのパネルトークでは意見も1人1人違っていて、とても興味深いものでした。そして、APUリーダーの話から他国には自分達の中だけでの生活では知らなかった様々な文化を知り、グループディスカッションではグローバル化についてまとめ、英語で発表しました。APUでの体験はどれも新鮮で、とても印象深く、ずっと忘れないと思います。
 また、平和学習では原爆の悲惨さを知り、平和のありがたみを改めて教えていただきました。バスガイドさんがしてくださった永井博士のお話、原田先生の平和 講話に思わず涙してしまい、戦争や原爆投下は2度とあってはならないと強く思いました。原爆は何も罪のない尊い命が失われるだけのものです。私も、家族や26期生の仲間が原爆などのあってはならない兵器で命を失うことなど考えられません。しかし今、1万を超える核兵器が世界には存在します。2度と同じ悲劇を繰り返してはいけません。今後核兵器は絶対に使って欲しくありませんし、本当に世界中が平和になってほしいと思います。今の生活がどんなに幸せなのか、今回の学習を通して改めて感じました。「微力だけど無力じゃない」という言葉を、そして私達が作成した千羽鶴の『平和』という文字を胸に、心から世界中の平和を訴え続けます。
 その他にも様々な体験をし、そのどれもが充実していて、私を大きく成長させてくれたような気がします。今回の修学旅行は一生の思い出になるに違いありません。修学旅行で得たものを忘れず、新たな気持ちで一生に1度しかない残りの中学3年生の期間を、有意義に過ごしていきたいです。

 

永遠の平和を祈る千羽鶴

 3年 男子

 私は、今回の修学旅行で、立命館アジア太平洋大学を始め、熊本城、原爆資料館など、様々な所で、いろいろなことを学ぶことができました。これらは一生心に残っていくことでしょう。その中で最も私が心に留めようと思ったものは、やはり原田先生による平和記念講話です。講話では、長崎に原爆が落ちた当時の様子と、そこから人々が立ち上がり、今に至る過程をとても詳しく知ることができました。原田先生は時に熱く、また、時には死者をいたわるような優しさを含んだ声で語ってくださいました。「お母さん、お母さん、痛いよぅ。」と原田先生がおっしゃる度、自分がその場にいて、その光景を見ているような気分になりました。そして、自分達で長崎の永遠の平和を祈り、力を合わせて作った千羽鶴を飾っていただけたこと は本当に嬉しいことです。
 立命館アジア太平洋大学では、APUリーダーと共にグループを組み、ディスカッションをするという非常に有意義な時間を過ごすことが出来ました。初めは何も話しかけることが出来ず、話しかけられても適当に流すという、 APUリーダーに対し失礼な態度をとってしまいました。それでも、慣れてしまえば何とか簡単な会話が可能になり、大学を出る頃には、かなりの英語耳になっていました。また、明るく話しかけてきてくれる APUリーダーを見て、自分もこうなりたい、と強く思うことができました。自分から他人に話しかけることは、自分の世界を自ら押し拡げることにつながると思っています。班のリーダーだったテさんに対し、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。貴重な体験ができて幸せです。
 四日目の自主研修では早速、立命館アジア太平洋大学で修得したコミュニケーション力が発揮されました。旧香港上海銀行長崎支店記念館では、大浦天主堂やグラバー園の歴史を学ぶことが出来、他にも昭和の初めの頃の流行にも触れることができました。中華街では江戸取生以外にも沢山の観光客が居られ、少し緊張しました。自主研修を通して学べたことは、「集団行動の難しさ」です。一人がお手洗いに行けば皆が付いていかなければなりません。校長先生のお話にも、このようなテーマがありました。「一人は皆のために、皆は一人のために」です。これは学校で集団行動を送っていく上で絶対に必要なことです。また、これは今まで自分が意識し切れなかったことでもあります。これからの生活で少しずつ形にしていけたらいいと思います。そしてバス内研修では、ガイドである尾崎さんがとてもわかりやすく、楽しめるガイドして下さり、お陰でバス内研修で退屈することは全くありませんでした。自分は口下手で、正直話すことは苦手だったのですが、今回のガイドを参考にさせて頂き、これからは積極的に人と話していきたいです。修学旅行での経験は一生ものだと思います。また行きたいです。


 

戻る