夢を語る会 感想文

1組Aさん 

 私の将来の夢は「医師」になることです。小学四年生のとき、伯母が癌を患い、余命三ヶ月だと診断されましたが、多くの医師の治療のお陰でいまでも元気に暮らせていることが一番のきっかけでした。しかしその後、医師についていろいろ調べていくうちに、「医官」という医師である幹部自衛官の存在を知り、今は、ただひたすらに「医官」を目指して日々の勉強を頑張っています。
 なぜ医師でなく医官なのか。それは災害医療や国際医療など自衛隊の中に身を置いて幅広い経験を積む事により、優れた総合臨床医になれると感じているからです。日進月歩の勢いで発展している医学を研究する研究医も勿論重要です。しかし、私の目指すべき、私に相応しい医師の姿は、直接患者と向き合うことのできる臨床医であると思うのです。
 五年前、江戸取の校門をくぐった時から、毎日のように、規律の大切さ、心力、学力、体力を鍛えることの大切さを教わってきました。そして、五つの心の誓いは、江戸取生としての誇るべき姿の一つです。感謝の気持ち、人への思いやり、一生懸命な努力、忍耐する心、人として正しい行い。これらすべてを当たり前の事として学校生活を送っていた一昨年の夏、防衛医科大学校のオープンスクールに参加して私は驚きました。防衛医科大学校の教育方針にも、「規律ある団体生活を通じて、医の倫理に徹し、生命の尊厳を深く認識させると共に自主的精神、規律ある態度および責任感をもって行動する気風並びに強健な体力と旺盛な気力を養い、医師である幹部自衛官としての職責を尽くし得る性格を育成すること。」と、江戸取と同じような文言が書かれていたことに気付きました。こうして大学での六年間で培われた人格、識見を持って、隣接する防衛医科大学病院を中心に、日本各地さらには世界各国で九年間臨床に携わることができたなら、自信を持って臨床医としての毎日を送ることができると思います。私がこの江戸取に入学したのは、このような夢に辿り着くためだったのだと改めて思うようになったのです。
 医療の現場では、毎日本当に様々な患者と相対することになります。そんな時でも、江戸取と防衛医科大学で学び得たすべてのことを結集して、深い愛情と理解、奉仕の心を持って患者、そして患者の家族、周囲の医療スタッフと協力して最善の道へと進めるような医師になりたいと思います。
 以前、中山副校長先生は講話の際に「学校は道場だ。」と仰っていました。今ではこの言葉の意味が少し理解できます。学校は自分の夢に向かってただひたすらに邁進するべく用意された道場だと思います。早いことに残された江戸取での生活も後一年になってしまいました。今まで、そしてこれからもお世話になるであろうたくさんの方々に恩返しができるように、ラスト一年を全力で駆け抜けようと思います。

 

 

2組Bさん 

私の夢は、学芸員になることです。学芸員とは、博物館で展示物の管理をしたり、展示方法を考えたり、自分の専門分野について研究したりする役職です。私は幼いころから博物館、特に科学博物館が大好きでした。博物館に行くと、本当に多くの事を学ぶことができます。生物、化学、物理だけではなく、歴史も学ぶことができます。そのうえ、図鑑や教科書では学べないようなことも多く学べます。視覚、聴覚、触覚を最大限活用して学べる、まさに理想の学習形態がとれる場所であると思います。私は小学生から中学生前半の頃まで、研究室の一般公開や博物館に何度も行っていました。小学生の頃は、親がいろいろな研究所の一般公開に連れていってくれました。植物や動物、化学など、多くの分野に小学生のころから触れてきました。研究員の方々から解説を受けたり、解説書やプリントを見ても、何のことかよく分かりませんでしたが、とにかく、どんどん科学が好きになっていくのを感じました。白衣を着て解説してくださる研究員の方々がとても格好良く見えました。中学生になってからは、連休がある度に博物館に行きたいと思うようになりました。夏休みには家族全員で博物館に行きました。中学生になると、ある程度の知識を持っているので、小学生の頃に来た時よりもより楽しむことができました。 高校生になってからは、博物館に足を運ぶ時間もゼロに等しくなってしまいました。しかし高校2年の夏、高校生になってから初めて博物館に行きました。その時はダイオウイカの特別展示を開催されていたため、とても混んでいました。いざ展示スペースに入ってみると小学生が沢山いたのでびっくりしました。夏休みの宿題なのか、皆写真を撮ったり、解説板の解説を一生懸命メモしていました。私は小学生があんなにも一生懸命学ぶ姿を初めて見ました。皆見たり聴いたり触ったりして、「すごい!」と言いながら目を輝かせて学習していました。私はこの姿こそが「学習する」本来の形なのだと確信しました。学習の源は好奇心であると私は思っています。そしてその好奇心は子供の頃、つまり小学生の頃が最も強いと思います。小学生の頃に好奇心を沢山持つことで、その後の学習をより良いものにすることができると思います。博物館は、子供に好奇心を与えることのできる、最も有効な場所であると私は思いました。
 その後、私はその博物館の特別展示に携わった、博物館の動物研究学部長とお話しする機会を得ました。博物館では自分の研究はもちろん、展示方法を自分で考えたり、解説パネルの解説を作ったり、動画を作成したりと、展示に関わることすべてに携わることができるとおっしゃっていました。そして一つの特別展示はなんと3年もかけて作りあげるともおっしゃっていました。学芸員の方々が3年間もかけて作った展示は、多くの子供を魅了しています。私も、子供たちに多くの好奇心を与えられるような学芸員になりたいと強く思いました。私にこのような夢を持つきっかけを与えて下さったその動物研究学部長に夢を聞いてみたところ、「幼稚園生に大学で学ぶような難しいことを理解してもらえるような展示をつくる」ことだとおっしゃっていました。何も知らない幼稚園生に難しいことを教えるということは、その何十倍も詳しいこと、多くのことを知っていなければならないと言います。また、来館者に読んでいただける解説板の解説は、五十字が限界だと言います。それゆえ、自分の言いたいことをたった五十字にまとめる力が必要になります。私は必ず、その研究学部長の夢を私が実現しよう、と思いました。もしも可能であるなら、早く一人前の学芸員になり、私の展示を研究学部長にぜひ見ていただきたいと思います。

 

 

3組Cさん 

 私は今までずっとやりたいことやなりたいもの、もちろん夢などというものはありませんでした。いくら探してもこれといったものが見つからず、自分の将来について何も決まっていませんでした。何に対してもあまり興味を持つことができず、夢といわれても本当に漠然としている状態でした。しかし、最近ある職業に興味を持つようになりました。それはMRという職業です。この職業を知っている人は少ないと思います。私も初めは知りませんでした。MRというのは、製薬会社で開発された自社の薬を、多くの病院で利用してもらうために、使用方法や薬の成分、あるいはカタログや医薬書には載っていないような宣伝できない副作用や薬の情報を医師に説明し、その薬を取り扱ってもらう専門職です。この職業が私に合っているかどうかは別として、ようやく見つかったのがこの職業です。MRという職業は今まで私が得てきたものを発揮することができる職業であると思います。また、どの職業でもいえることですが、社会人になって大切なことが道徳教育であると思います。来年も含めて六年間学んできたものは大きな財産となると思います。他の学校ではここまで教えてもらえないと思います。このことが、ふっと頭に浮かびました。今まであまり道徳教育の大切さについて深く考えたことはなかったのですが、改めて考えると、それは本当に感謝すべきことであり、将来自分に大きな影響を与えてくれると思います。
 しかし、この職業を見つけて、こういうことがしたい、こういうことを学びたいと思っても、ただ思っているだけではいけません。そう思うことはとても大切であると思います。今までやってみたいと思うものさえなかった私には大きな進歩だと思います。しかし、まずこの職業に就くためには大学に入ることが前提です。「このようなことをしてみたい」とただ思うだけでなく、「このようなことがしたいからこの大学でこのようなことを勉強して、このようなことに役立てたい」と意識を変えていこうと思います。そして、そのためには、今一生懸命努力しなければなりません。もうすぐ高校3年生になります。私はよく目の前にあることから逃げてしまうことがあります。本当に良くないことだと思います。現実と向き合わなければ何も変わらないのに、自分からそのことから遠ざかろうとしてしまいます。自分は弱い人間だと気付かされます。ですが、自分の意識次第で変われることだと思います。現実から目をそらさないこと、他の人にとっては簡単なことかもしれませんが、それでも私は私自身を変えるためにこのことを貫きたいと思います。「迷った時は厳しい方を選択する。」これは以前ある先生から聞いたお言葉です。これは強い人間でなければできないことだと思います。でも、私はこの言葉を聞いたとき、自分に必要なことだと思いました。きっとずっと自分にとっての目標となると思います。
 私はまだ受験生といえるような受験生ではないと思います。だから現実と向き合い、将来悔いのないよう、今から自分を変えられるように努力します。

 

 

4組Dさん 

 私の夢は医師になることです。何故医師を志したのかというと、一つ目の理由は幼い頃から医師という職業が身近にあったからです。私は三代続く医院の長女として生まれました。私は小さい頃は医師になりたいと思っていましたが、周囲から父が医者なら娘も医者だろう、という考えに反発して、中1、2生の頃は裁判官になろうと思っていました。しかし、中3生になって本気で将来を考えたときに私はこんな適当な人生でいいのだろうかと思い、医師という職業について考え直しました。高1生のときの進路相談でその考えを伝えたら、「あなたは本当に医師になりたいのか」という言葉が先生から返ってきました。その時の私は何も言葉を返すことができないでいました。それから今日まで自分の夢についてずっと考え続けていて、その結果として自分は絶対に医師になりたいという思いを持ちました。今の自分には何をしたいのかが明確となりました。将来医師としてどういうことをしたいのかを書いてみたいと思います。先ずは医師となって福島県の人々とかかわりたいと思います。なぜなら今、日本で一番苦しんでいる県は福島県だと思うからです。調査によると福島県の子供たちの甲状腺がんの確率は50%らしいのです。私はそれを聞いて理不尽に感じました。子供だけでなく福島県の人々の未来はどうなるのか。福島の人々は誰にその責任を求めればよいのか。責任は国なのか。私にできることは何か。と様々な事を考えました。そのようなことを考えて、最終的に私は福島の明るい未来を創造してみたいと思いました。将来は福島の病院に勤めて、福島県の人々と様々な関わりを医療の面から行っていき、福島に貢献したいと考えました。
 最後に人生の最終目標について書きます。それは女性の社会的地位の向上です。私は、女性が子供を産んでも、以前と変わらずに社会に貢献する社会が理想と考えています。女性の医師の数はまだまだ少数です。しかし、病院に子供を預ける施設があれば、女性の地位はまだまだ向上できると思います。だから私は女性の最終目標として、日本だけでなく、世界中の女性の地位が上がることを目指しています。

 

 

5組Eさん 

 私には、医者になるという夢や、宇宙飛行士になるという具体的な夢はまだありません、ですが、興味がある分野は、多くあります。ですから、その興味を広げていった時に、本当に自分のしたいことが見つかるのではないかと考えています。最近、ロボット同士が戦い1番を競う番組が放送されていました。そのロボット達には、必殺技が搭載されており、銃を撃ったり、剣で切ったりと多種多様なロボットが出場していました。その番組を見て気が付いたことは、ロボットの研究者は強さだけでなく、ロマンを追い求めているということです。安定性を保ちつつ二足歩行をするロボット、ガンダムのような姿をしているロボットなど、形も様々です。この番組の凄いところは、普通のロボットの番組では掌サイズのロボットで戦いますが、この大会では2m級の大きなロボットを使用しているところです。自分の身長よりも大きなロボットが実際に火花を散らしながら戦っている光景に、私はとても興奮しました。ロボットの中には子供が設計したものもあり、ロボットには夢が詰まっていると感じました。出場者の中には東京工業大学など有名大学も出場しており、教授と一緒になってロボットを作っている姿に少し憧れました。一緒にロボットを作る仲間がいて、試行錯誤を積重ねながら成功へ近づいていくのは楽しいだろうと思います。ロボットには脳の役割を果たすプログラムがあります。二足歩行しながら色々な攻撃をしかけるロボットにはどんな複雑なプログラムが組まれているのかは、知識の浅い私には想像もつきません。私が作ったプログラムでロボットが動いたら、言葉に表せないほど嬉しいことだと思います。
 最近では、自動掃除機、ルンバのような製品が出てきました。震災の時も、人間が入ることのできない瓦礫の中で人を見つけるロボットが活躍しました。医療面では、人にはできない手術もロボットを用いることで可能となりました。昔、私の家にはイヌの形をしたロボットがいました。成長すると吠えるのではなく、言葉を話すようになり、どれだけ可愛がったかで性格も変わります。そういった人を癒すことのできるロボットもあります。このように現在でも、ロボットは、私達の生活に欠かすことの出来ないものとして重要な役割を担っています。近い将来、私達の生活には、多くのロボットが生活の手助けをするようになります。私は、無限の可能性を秘めているロボットの作成に、ハード、ソフトのいずれかの分野でいつか携わって、未来のロボット社会に貢献したいと思っています。そのためにも、今は勉強しようと思いました。今年から最高学年である高校三年生になります。悔いの残らないように、自分に出来る限り最大限の努力をしたいと思います。

 

 

6組Fさん

 私の将来の夢は医者になることです。医者になりたいと思ったのは高2になってからです。その前の夢は、保健室の先生になることでした。たまたま親戚のおばが、保健室の先生で、そのおばがとても楽しそうに仕事をしているのを見て、私は子供が好きだし、保健室という安心できる空間が好きだから、私もやってみたいと思いました。
 しかし、なぜ私の夢が保健室の先生から医者になったかというと、それはおばから言われた言葉によってです。「医療関係の職に就くんだったら、お医者さんになれば。」という言葉からでした。今まで、医者という職業について考えたことがなかったので、呆然としてしまいました。また、その時はあまり気に留めもしませんでした。
 高2の夏休み。大学訪問の課題が出されました。「江戸取に入ったからには良い大学に入学したい。」とは思っていたけれど、「これだ。」という行きたい大学も、どこに行くべきなのかということにも悩んでいました。そんな時に、おばの言葉を思い出して、医学部系の国立大学のオープンキャンパスに参加しました。ガイダンスなどを聞いて衝撃を受けました。「こんなに面白い学問があるなんて。自分の体のことを知りたい。」と思いました。今までの自分は、テストで良い点数を取るための勉強、大学受験のための勉強でしたが、本当にこの時は、「この学問を極めてみたい。」と思いました。
 保健室の先生と医者。どちらもすばらしい職業だと思います。しかし、保健室の先生は学校にいる生徒達の健康状態を管理する仕事であり、治療をするわけではありません。それに比べて医者は、社会の人々に対して治療を行うことができます。また、患者さんを苦しみから救うことができます。そのことに気づき私は医者になろうと思いました。
 医者になるためには、もちろん医学部に入学しなければなりません。正直、今の私の学力では、かなり厳しいかもしれません。でも、せっかく大学に進学するのであれば自分の行きたい大学に進学し、自分が学びたいことを学ぶ方が良いと思います。そのために、約一年後の入試に向けて頑張りたいと思います。しかし、頑張ると決めても私は、弱い人間だから自分の欲望などに負けて、勉強を怠りそうになる時が来る時があるかもしれません。そんな時は、友人でもあり、良きライバルでもあるクラスメイトと支え合って頑張れれば良いと思います。本当にこれから一年間は死ぬ気で勉強に励みたいと思うので、スマホはいじらない、テレビは一日15分だけ、6時間睡眠など細かく自分の中でルール決めをしたいと思います。そして自分自身のことをきちんと律したいと思います。
 大学受験とは、大学に進学するための試験なのかもしれないけれど、その過程で、苦しんだことなどが自分の財産になっていくと思います。だからこそ、生半可な努力では価値のないものになってしまいます。そのためにも精一杯努力していきたいです。

 

 

7組Gさん 

 私の夢は臨床心理士になって心に悩みを抱える人を助けることです。初めてこの夢を抱いたのは私が小学生の頃でした。当時の私は、臨床心理士のことを心の病気を治してくれる魔法使いのような人だと思い込んでいました。また、心の病気を抱えた人は皆、彼らと話すうちに自然と気分が晴れて、みるみるうちに元気になっていくのだと思い込んでいました。つまり、当時の私は「臨床心理士になれば人を元気にすることができる」というところに憧れて、臨床心理士になりたいと思っていたのです。しかし、それから時が経ち、一度は夢を見失っていたものの、高校二年生になってからのLHRで自分の将来について真剣に考えた結果、やはり臨床心理士になって悩みを抱える人の支えになりたいと思うようになりました。私にそう思わせた一番の要因は、私の経験です。
 小・中学生時代の私は学校を休みがちでした。行かなくてはいけないけれど行けないという葛藤に苦しむなかで、私はあるカウンセラーの先生に出会いました。家にいては落ち込む心も、先生と会って話すだけで安らげるようになりました。そして、気付けば、その先生に憧れ、臨床心理士になりたいと思うようになっていたのです。
 こうして夢を持った私は、夢を叶えるために小中時の困難を乗り越えて学校に通い、この江戸取へ入学することができました。今、振り返って思うことは、人は夢を持つだけでなく、それを叶えようと思うことで強くなれるということです。このことに気付くことができたので、悩み続けた約5年間の自分を、私はこの先もずっと忘れずにいたいと思います。
 しかし、最初に夢見た頃と今では、臨床心理士に対する印象は大きく変わっています。色々な事を知った今、私は臨床心理士を魔法使いだとは思いません。「人」だと思うのです。臨床心理士に最も必要なこと、それは、どれだけ相談者の心に寄り添えるか、どれだけ多くのことを感じ取れるか、どれだけ真っ直ぐ向き合えるか、です。つまり、どれだけ「人」でいられるかということです。臨床心理士の仕事は単なる優しい人には務まりません。中には相談者のことで深く悩みすぎて身体を壊す人もいるようです。それなのになぜ私は臨床心理士を目指すのでしょうか。その答えは「だからこそ」です。自分が病んでしまうほど人と向き合う仕事だからこそ、苦しむ人たちに笑顔を取り戻して欲しいからこそ、自分もそうであったように夢を持ち、叶えることで強くなって欲しいからこそ、私は臨床心理士になって悩む人を助けます。
 夢は形も大きさも様々です。夢を持ち続けることもかなえることも、とても難しいことです。しかし、夢をかなえることができるのは持ち続ける夢を持った人だけです。私には夢があります。強くなった私には叶えるための努力をすることができます。幼いころからの夢を大切に、今後もこの江戸取で精一杯努力していきたいです。

 

 

8組Hさん 

 私は以前から、世界の貧困地域の人々を助ける仕事に就きたいと思っていました。ニュースや雑誌などを見ていると、世界では今、どのようなことが起こっているのかがよく分かります。また、最近では辺鄙な土地に暮らしている日本人を取材したという番組も多く、私はとても興味深くそれらを見ています。それらの番組を見るたびに、私の「苦しんでいる人々を助けたい」という思いは強くなっていきました。人を助けると言うことには様々な方法があります。美味しい料理を毎日振る舞う、読み書きを教えてあげる、予防接種をしてあげる。他にもたくさんあり、そのすべてがとても素晴らしいことだと思います。一人が貧困地域へ行き、それらを行うだけで多くの現地の人が救われます。しかし、私はそのようなことをやろうとは思いません。なぜなら、それらはすべて一時的なものに過ぎないからです。人の役に立っていることには間違いないです。しかし、私たちは数十年で死んでしまいます。たった一人で外国へ行き、その数十年だけ人の役に立つ。一見とても立派な生き方をしているように思えますが、その人が死んだ後、現地の人々はまた、元の苦しい生活へ戻ってしまうのです。例えばアフリカ地域は人口が多く、貧困地域も多いです。この中の一国へ行き、またその中の一地域の一つの集落の多くとも百人ほどの人々を、たった数十年助けただけで、何かが変わるとは思えません。私は、もっと継続力のある事をして、私が死んでからも、人々が安心して暮らせる社会を作りたいです。例えば、既に行われていることでもありますが、都市部と辺境地の間に道路を整備し、食物の運搬や売買を可能にすることです。これは、死因として餓死が多い貧困地域には、栄養源の確保や育てた食物を売ってお金が得られるという点でとても有効です。私は実際に貧困地域へ行ったこともなく、まだまだ知識も浅いので、現在行われている対策について口出ししたり、現地ではできそうもないことを提案したりはできません。さらにまだ高校生の私に今できることとしては、募金くらいしかありません。では大人になったら道路整備や水道、ガス、電気などのインフラ整備ができるのか。一般人ではほぼ無理だと思います。そのようなことをする経済力もないし、勝手に行うこともできません。ただ大人になって外国へ行くだけでは何も変えられません。だから私は、外務省の専門職員になりたいです。そして貧困国の大使館に勤め、継続力のある対策をしていきたいです。満たされている日本にいても、真の貧困は分かりません。直接自分の目で確認し、現地の人々の苦しみや悲しみを経験し、リアルな視点で人の役に立てることをしたいです。もちろん治安の悪さ、食物の循環の悪さ、衛生面での悪さは日本に比べて圧倒的に良くないと思います。もしかしたら日本に戻りたいと思うかもしれません。しかし、自分のしたことで人の命が救われる、ということは本当にすごいことだと思います。人々を助けて安心して生活できる環境を作りたいと思います。そのために今はたくさん勉強をし、目標とする大学には入れるよう努力します。

 

 

9組I君 

 僕の将来の夢は、大学で経済学、または経営学について学び、その過程で身に付けた知識を活かすことができる仕事に就くことです。様々な知識を身に付ける目的は、高校生まではテストのためであったり、志望する大学に合格するためであったりします。しかし、大学に入学してからは、単に知識を身に付けるだけでなく、収集した事実をもとに展開する論理的思考力、そしてその結果を的確にまとめ公表できるプレゼンテーション力も身に付ける必要があります。そのためには、様々な事象に適応できる総合的判断力を培わなくてはいけません。
 僕が生きてきた17年間だけでも、社会は著しく変化してきたと思います。携帯電話を例に挙げてみると、21世紀になって間もない頃は、細長いボタン式の携帯電話が主流でしたが、僕が小学校高学年になる頃には、テレビを視聴することができるワンセグ付きの折りたたみ式携帯電話が主流になり、そして今では様々な機能が搭載されたスマートフォンが主流となっています。これだけの変化が、たった10年で起こっていることを考えると、10年後にはどのような携帯電話が主流となるのか予想がつきません。しかし、このような技術の進歩により、デジカメやカーナビなどの今まで売れていたものが、スマホで代用できるようになってしまい、売れなくなってしまうものがでてきました。また、技術の進歩とは別に、人々は豊かな時代の中で確かなものを見る目を身につけ、簡単にモノが売れなくなっています。そこで重要になってくるのが、いかに商品の魅力を宣伝できるかということです。この宣伝に関わる仕事をすることが僕の一つの夢です。商品を宣伝する上で重要なことは、購買層のターゲットを絞り込み、なるべくその商品を買いそうな人だけに効果的に伝えることです。例えば子ども向けのゲームを効率的に宣伝したいと思ったら、子ども向けのテレビ番組コマーシャルという形で宣伝するのが非常に良い方法です。普段何気なく利用しているコンビニエンスストアなども、お客さんにより多くの商品を買ってもらうために商品の配置が考えられているのです。そういった、「どうしたら商品が売れるのか」ということを考えるのは、非常に面白いことだと思います。僕の好きなマーケティング活動の成功例の一つにキットカットがあります。キットカットと言えば、「きっと勝つ」という語呂合わせで有名ですが、これは宣伝する時に、テレビの広告を使わず、受験生が泊まるホテルのフロントの人に頼んで、キットカットを応援の言葉と共に受験生に渡してもらっただけだったそうです。そして全国にこの語呂合わせが広まったのです。 
 様々な知識を持つことは大切ですが、社会に出ていく上で重要なのは、その知識を元に新たな問題を的確に解決する力を持っていることです。その力をつけるために、まずは今やるべき勉強をして土台を築き、知識を身につけていきたいです。そして、社会に様々な形で溢れている情報を的確に把握して活かせるように、日々の生活においてアンテナを張っていきたいと思います。 

 

 

10組J君

 僕の将来の夢は弁護士になることです。弁護士になりたいと思うようになったのは中学の頃です。テレビで法律に関する番組を見て、自分にはこれしかないと思い目指すことにしました。僕は法律を学ぶことが大好きなので、一番適していると思いました。
 弁護士になるためにはもちろん資格が必要です。その資格を取るためには勉強をたくさんしなければなりません。並大抵の努力では弁護士になることは出来ないと思っています。そのために今は目の前にある自分が出来る精一杯のことをやっていきたいと思います。

 高3になると大学受験の勉強が本格的になってきます。今までの基礎が身に付いていないと学力は向上していきません。そのため、高2の終わりまでに今までの総復習をしておきたいと思います。特に英語は主要科目なので重点をおいて勉強したいと思います。英検も余裕がある時に取得して、国際弁護士としても活躍出来るようになりたいと思います。

 弁護士になったら、少しでも多くの人達に感謝されるように、都市部ではなく、地方で仕事をしたいと思っています。都市部では人が多く、弁護士もたくさんいると思いますが、地方では弁護士などがあまりいなく、困っている人も多いと思います。そのような場所で仕事をした方がやりがいがあると思います。
 弁護士には相手に何を言われても自分の意見を曲げないという強い意志や、責任感が重要だと思います。僕はまだまだ責任感が足りないので、残りの学校生活を過ごしていく上で、1つ1つの行動に責任を持っていきたいと思います。

 今はまだ弁護士になるための準備期間だと思っています。大学に現役合格し、司法試験に合格し、司法修習生の期間を終えてからが始まりだと思います。
 弁護士は裁判官と検察官と共に法曹と呼ばれるくらい重要な仕事です。職務上で知ってしまった秘密を守らなければならないなどの様々な規則があります。これらの規則を破ってしまうと、弁護士を続けることができなくなります。そうならない為にも常に意識を高く持ち、責任感を持っていきたいと思います。
 最後に夢を語る会で話しをしてくださった後輩や同級生を見習って、もうすぐ受験だということを忘れずに今後夢を叶えるための第一歩として勉強をしっかりとしていきたいと思います。夢を叶えるためには自分の志望する大学に入れるかどうかが分かれ目だと思っています。
 日々の努力を怠らず、自分の行動を1つ1つ見つめ直して必ず弁護士になれるように頑張っていきたいと思います。