演劇会(ベニスの商人)の感想

1組 

まず初めに、今回の劇団芸優座の公演は大変面白かったです。私はこの公演を見る前から「ベニスの商人」という物語を知ってはいましたが、それでも芸優座の皆さんによって爆笑の渦が何度も巻き起こされながらもストーリー自体が充実したこの劇は本当に楽しい気分にさせられるものでした。
 しかし、私がこの感想文で強調しておきたい事があります。それは「ベニスの商人」という物語が単に「喜劇」とは言えないという点です。冒頭でピエロが言ったようにこの物語からはユダヤ人迫害という歴史的事実が見て取れます。今回の公演ではその部分をあえて強調するように演出せれたのではないでしょうか。私は、安易に全面的に、借金を期日までに返済することができずに自分の肉一ポンドを切り取られそうになるアントーニオやバザーニオなどの仲間達に加わり、高利貸しのシャイロックを非難するようなことはできないと思いました。つまりシャイロックの主張にも一理あると思うということです。確かに、借金の返済ができない見返りに肉一ポンドというのは行き過ぎた残虐な行為です。しかし、それが明記された文書にサインをしたのはアントーニオです。サインまでしておきながら後からやっぱり取り消しというのは、自分で結んだ約束を破っているという点でどうかと思います。さらに、シャイロックは法に基づいた正当な取引をしているにも関わらずアントーニオがシャイロックの悪口を言いふらしていた点についても、問題であると思いました。この物語ではアントーニオの親友バサーニオを助けるために自分を犠牲にしようとした事が全面的に書かれていますが、私はアントーニオがシャイロックを悪く言っていた点が問題で、ユダヤ人の迫害につながっていると思いました。私は今回の公演ではこのように、ユダヤ人の迫害という観点からも観劇することができ、勉強にもったと思います。
 全体として見て、この公演は楽しく、常に観客を引きつけるものでした。私はこのような公演を上演して下さった劇団芸優座の皆様方に感謝の気持ちを述べたいと思います。この度は私たちのために素晴らしい演劇を上演して下さりありがとうございました。 

          

2組 

今回の劇を見て、ただただすごいなと思いました。シェイクスピアの本は一冊も読んだことはありませんでした。それは自分の中でそんな本はつまらない、今流行りの本を読んでいる方がずっといいという偏見を持っていたからです。正直に言うと今回の劇を楽しみにしていなかったし、見たいとも思っていませんでした。しかし、劇が始まり物語が進んでいくにつれて引き込まれていく自分に気が付きました。物語の中身もさることながら、劇に引き込もうという工夫が凝らしてあり、とても面白かったです。役を演じている人はハキハキとして堂々としているのがとても格好よく見えました。何か一つに一生懸命打ち込む方々によって劇に引き込まれました。
 自分はこの劇を通じて、もっとたくさんの物語に触れたくなりました。このまま今の自分が大人になってもとてもつまらない人間になってしまうような気がします。何かある物語を通して人が持っているいろいろな考え方を学ぶことは大切だと思いました。自分の中にある一つの考え方にしばられているのではなく様々なことに触れることで自分が成長できるような気がしました。偏見を捨てて色々な事を経験したいなと思いました。
 また何か一つに取り組むこともまたいいことであると学びました。なんでもすぐ投げ出しがちな自分も何かに取り組んでみたい気持ちになりました。今、高校2年生も後半に差しかかっています。高校生活も残り半分しかありません。何か自分が心からこういう事がしたいというものを見つけて、そのことにとことん打ち込んでみたいと思いました。
 他にも見えないけれど大切なことがあるということを学びました。劇は演じている人だけでは成り立ちません。その他にも裏で絵を描き背景を作り、演じている人の動きに合わせて音楽を流し、照明をあてるなど裏で働く人も大切だと思いました。見えているものが全てではなく、見えていない部分こそとても大切なのではないかと思いました。それは自分にも言えることだと感じています。今、自分は目に見える結果ばかりを求めてその裏にある大切なものを実は見落としてしまっているのではと考えさせられました。今回の劇を通して色々な事を学ぶことができました。そんな劇を作ることのできる劇団員の方々はすごい人達であると思います。いつか自分も人に良い影響を与えることができる人になりたいと思いました。
 今回、「ベニスの商人」の演劇を見ることができてとてもよかったと思います。 

 

 

 

7組 

 『ベニスの商人』といえばシェイクスピアが記した喜劇として有名であり、また高い文学的評価を受けている戯曲作品の一つでもあります。今もなお、この作品は世界中の人々から愛され続け、更には現代の文芸活動にも大きな影響を与えています。それだけの作品のため、魅力的な脚本を適切に扱うことはなかなかどうして難しいことのように思われます。ですが今回の観劇会における劇は、そのような憂慮の余地もなく、徹底して洗練されていて、舞台の上の世界観に僕はいつしか心から引き込まれてしまっていました。今回のように学校という身近な場で、芸優座の方々の素晴らしい劇を鑑賞することが出来たことを、僕は非常に嬉しく、そして感動的に思います。
 ベニスの商人の魅力は、やはり喜劇的な勧善懲悪の作風と個性豊かな登場人物にあると思います。作品形式が戯曲であるため、その表現者は紛れもなく舞台役者でありますが、今回の場合ではそれは芸優座の劇団員の方々でした。表現者に必要な能力は、まさしく構築された空想に自分を浸透させ、その上で体得したものを物語の受け手に躍動的に伝える部分にあると思います。「心に響かせる」という言い方はいささか安易であるかもしれませんが、受け手が「心に響いた」と感想を述べる作品、ひいては表現こそが、真に評価を受けた空想の伝達なのではないかと思います。そういった面で、芸優座の方々の迫真の演技力、そして作品の魅力を最大限に引き出す手法には、心の底からの興奮を覚えてなりませんでした。『ベニスの商人』の登場人物の一人である悪党シャイロックの人間性に対するシェイクスピアの描き方の議論は、現在でも至る所で行われていますが、物語の受け手が登場人物に抱く印象に関しても芸優座の団員の方々は悠々と、そして面白可笑しく表現されていて、あくまで懲悪一辺倒にならない作品の深みを引き出しているあたりに僕は表現者の真理を見出せたように思えました。シナリオ通りに身振り手振りをして物語をそのまま伝えるだけでなく、原作の裏に隠された価値を動作に変換して紐解き、あくまで喜劇の形式に則り小難しい展開は避けようとする演技が至極見事であり、僕は胸の昂ぶりを覚えると同時に憧れの念も抱きました。
 僕は小説や舞台などの創作物に興味があり、色々と作品に触れる度に新しい発見をして、それがたまらなく嬉しいものに感じ、自分の価値観に微々たるものですが変化を見ます。芸優座の方々の熟練した演技と表現は、そんな僕に大きな感銘を与えてくださいました。僕は、普段はあまり劇場などに足を運ぶ機会もなく、間近で演劇を鑑賞することも出来ないのですが、だからこそ今回のような素敵な催しには感謝と感激をせざるを得ない心持ちです。『ベニスの商人』の観劇は、僕の人生において大変貴重で、意義のある経験となりました。 

          

8組 

「なんて素敵な舞台なんだろう。」
  幕が開いた瞬間、その奥に広がる壮大な景色に心奪われ、瞬く間にシェイクスピアの世界に引き込まれてしまいました。
 シェイクスピアは、十六世紀から十七世紀にかけて活躍し、数々の名作を世に送り出した、英国の劇作家です。死後四百年立った今でも尚、人々に時代を超えた新鮮さと感動を与え続けており、知らない人はいないでしょう。廊下に貼られた演劇会の掲示を目にする度に、彼の有名な劇を見ることができるのだと思うと、わたしの心は期待と興奮でいっぱいになりました。その一方で「古い時代のものであるこの劇が、難しすぎて理解できなかったら…」という不安もありました。ところが、実際に劇を見てみると、想像とは全く違って、日本で暮らす私たちにもわかる面白さが満載で、親しみやすいものでした。グラシャーノとネリサとの掛け合いは私たちを惹きつけ、ホール中に笑いの渦を巻き起こしました。
 しかし、その中にも、何か心の奥深くに訴えかけてくるものがありました。最も印象に残ったのは、アントーニオとシャイロックの裁判のシーンです。笑いを交えながらも、常に漂う緊迫感は、不思議と心地よいものでした。特に、厳しい判決を受けた後のシャイロックの背中は、今でも目に焼き付いています。シェイクスピアが生きていた時代のイギリスにおいては、キリスト教徒からのユダヤ人への偏見は大変強く、敵役の典型として据えられることも多くあったといいます。私はこの劇からそのような偏見を感じずにはいられませんでした。時代柄とはいえキリスト教徒が多勢に無勢でユダヤ人シャイロックを迫害しているようにすら見えました。しかし私たちがシャイロックに同情するだけでなく、自分のプライドを捨てずに歩み続ける姿勢に、人間らしさを感じ取れるのは、シェイクスピアがシャイロックの心を生き生きと深く描いているからでしょう。現代でも、世界中に差別や偏見はたくさんあります。私たちの身近なところでさえも、気付かないまま残っているかもしれないと、この劇を通して考えさせられました。
 このように、シェイクスピアの作品はたった一度の観劇でたくさんの考える機会を与えてくれました。日本中の様々な劇団によって、多様な「ベニスの商人」をはじめシェイクスピアの作品が上演されています。今度は自分で劇場に足を運び、それらを見てみたいと思いました。
 最後に、このような素晴らしい劇をつくってくださった劇団芸優座のみなさんや、関係者の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。また、数々の魅力的な作品を残してくれたシェイクスピアにもお礼を言いたいです。 

 

 

 

9組 

 今回の演劇を鑑賞し、僕は色々なことを感じました。
 まず、映画やドラマといったものがある今、演劇を観る機会はごくわずかであるため、はじめは少し堅苦しいものといったイメージを拭うことはできませんでした。それが、今回の劇団の方々が演じられた『ベニスの商人』で一転しました。僕たちにも楽しめるような演劇で、かつ、原作にある意図等も表された劇だったのではないかと思いました。また、臨場感や空気、間といったものは、画面を通してではなく直接、生のものを鑑賞しなければ感じ取れないものであるということも実感しました。
 次に感じたことは、時代に関わらず、道徳心は今と同じであるということでした。まず1つは、謙虚さや私欲に捕らわれない心だと思いました。このことを伝えているのは、ポーシャ妃の結婚相手を決める3つの箱です。1人目の貴族は、鉛の箱に書いてある、己の全てを投げ打つという言葉に対し、そんなことはできないと言い、2人目は自分こそふさわしいと銀の箱を選びました。そしてバサーニオが鉛の箱を開け、見事ポーシャ姫と結ばれます。ここでは劇中にあったように、外見やうわべに惑わされない心の大切さを訴えている場面でもあったように感じました。
 次はシャイロックです。あらゆる昔話に、悪者や悪知恵を働かせる人物がおり、最後は何も得られず失敗します。この作品も例外ではありませんが、他と違うのは一度本人の良心を問うことです。もしシャイロックがアントーニオを最初から許していたら、何か変わっていたかもしれません。この場面では、悪だくみをする人は失敗するということの他に、立場が弱い人や間違ったことをした人への慈悲の心を持つ大切さも伝えているような気がします。このことは、シャイロックの罪を罰金へ変えた行い等からもうかがえます。この劇から学ぶべき道徳心はこれだけでなく、アントーニオの人柄等、他にもたくさん見出すことができました。
 そしてもう一つ感じたのは、当時の民族差別の問題意識も表れていたということです。ユダヤ人、シャイロックがアントーニオに異常に高い利益を取っている鬼だと言われ、それに対する仕返しにどうして肉を切り取ってはいけないのかと訴える場面がありました。そこで、キリスト教徒はユダヤ人がひどいことをすると御自慢の温情関係なしに仕返しをする自分はそれを見本にするだけだ、とシャイロックは口にします。ここから当時の民族差別の批判もうかがえると、僕には感じられました。
 このように、様々な道徳や民族問題を上手く演劇に表す脚本を作ったシェイクスピアという人物は、やはり凄いと思いました。また、その意図を残したまま自分達の楽しめる演出をして下さった劇団の皆さんの技術、演技力にも魅了されました。楽しい中に、様々なことを感じさせてくれた観劇会だった、と強く思いました。 

          

10組

 今回僕は初めて「ベニスの商人」という劇を観ました。江戸取に入学するまでは劇を観たことがなかったので、とても良い機会になりました。内容も知らなかったので、始まる前から楽しみにしていました。
 僕がこの劇を観て驚いたことは、役者の方々がものすごく上手く演じているということです。声のトーンの変化も激しくて、どんどん引き込まれてしまいました。また、役者の方々はこの劇の中に完全に入り込んでいるのが分かり、それもすごいと思いました。
 この劇のあらすじは、バサーニオがポーシャ姫と結婚するために必要なお金を、親友であるアントーニオが高利貸しのシャイロックから借り、その後アントーニオは破産し借りたお金を返せなくなってしまいました。シャイロックは裁判を起こし、アントーニオを陥れようとしたところを、バサーニオがベニスの法廷へ助けに行くというものでした。これをとてもおもしろく役者の方々が演じてくれたので、わかりやすく楽しむことができました。
 僕が一番おもしろいと思ったシーンは、ポーシャ姫とその家の召使いの人達が、他の人達にばれないように男装して法廷に乗り込んで行ったというシーンです。ここでのたくさんの人達のやりとりが本当に楽しく愉快でずっと笑いっぱなしでした。しかも、肉は渡すが血を流してはいけないという見事な判決が下され、感動もしました。
 内容も良かったのですが、1回1回幕が下りてからの背景を変える速さもすごいと思い、さらに背景の絵のクオリティの高さにも驚きました。あの絵はどのように描いているのか、誰が描いているのかなど背景の絵についてもたくさん知りたいと思いました。
 また、あの劇を完成させるのにどのくらいの時間がかかったのかということも大変興味がわきました。
 僕のクラスも紫峰祭で劇をやりましたが、当然のごとく背景、内容、演じ方などすべての面において、自分たちが行った劇とはクオリティが明らかに桁違いのものでした。自分たちが演じた劇であっても難しいと感じたのに、あんなに大舞台で行い、かつ質も高いものを演じられるというのは本当にすごいと感じました。プロの役者の方々には改めて驚かされました。