「夢」の作文


1組

 私の将来の夢は小学校の教師になることです。「小学校」と限定するにはしっかりとした理由があります。小学校の六年間というのは通う期間が最も長いところです。そして、七歳から十二歳までという何もかもが最も成長するであろう時期に通うところなのです。私も二年前まで小学校に通っていました。小学校を卒業したとき六年間がとても短かったように感じました。けれども自分で自分の六年間の成長を感じることができたのでした。自分自身でもわかるくらいの成長を周りの大人が見たらきっと感動できるくらいにすごいことが六年間で身についただろうと思います。だから大人になった私は生徒ひとりひとりの成長をしっかりと見たいと思ったのです。

 私の成長は自分自身だけのものではありません。友達や家族、そして先生方のおかげでもあります。そのような先生になるにはまだ、足りないところがたくさんあります。そして、吸収力のある今の時期がどれほど大切であるかということを感じます。今しか経験することのできないたくさんのことによって、私はだんだんと自分の世界が広がっていったり成功する術を知ることができたりすると思います。そうして、私は小学校の教壇で勉強はもちろん「人」というあり方もきちんと教えたいと思います。

 僕が小学校二年生の頃に、弟が重病にかかり入院しました。その入院先の先生方は本当に子供たちにやさしく接して、病気を治すために必死になり、子供たちの家族にも信頼されていました。そんな先生方に僕は胸を打たれ、あこがれ、小児科医を目指すようになりました。

 僕は小児科医になるために、医科コースに入ろうと思っています。そのためには五十番以内の順位に入っているという成績を維持しなければなりません。また、理数科目を得意にすることも大事です。そして、なるべく親に負担をかけないように国立の医学部に入ってしっかりと勉強します。

 しかし、これだけではただの小児科医にしかなりません。やはり小児科医に一番大切なことは「子供が好き」ということです。しかし子供が好きというだけでは子供に好かれません。良いイメージを与えることが大切です。良いイメージを与えるには、子どもの気持ちを考えてあげることと、年齢にあった話し方ができることが必要です。

 僕は今ピアノを習っていて絵も描いています。音楽や絵は心にやすらぎを与えたり、力を与えたりします。闘病中の子供たちに少しでも安らぎや生きる活力を与えられるように、これからもピアノと絵を続けていきたいです。

 最後に、小児科医に関わらず必要とされるものは信頼です。小児科医としての技術、知識を持ち、子供に好かれ、信頼される小児科医、これが最高の小児科医だと僕は思います。小児科医になって一人でも多くの小さな子供たちを救い、生きることの素晴らしさを自分の体で味わわせてあげたいです。

 


 

2組

 私は将来内科医になりたいと思っています。医者という職業は小学生の時からずっとなりたいと思っていました。小学生の時の医者になりたかった理由は、父の働いている病院を訪ねてみた時、女医さんがとてもかっこよかったからです。しかし、中学生になってからは、医者になりたい理由はより現実的なものになってきました。実は、私は中学1年生の時から中学2年生の夏休みまでの将来の夢は、医者というよりも、宇宙の研究でした。しかし、3月11日の震災を思い出すと、人の命の尊さについて考えさせられるようになりました。また、私は生まれてきたのだから他人の役に立つ仕事がしたいと思っています。私は中学2年生の夏休み明け頃から医者になるという夢が再び強くなりました。実は、私は中学2年生の夏休み中は勉強のやる気が薄れていました。将来なりたい職業がまだはっきりとしていなかったので、勉強を頑張ろうという意志が弱かったからです。そして私は将来の夢の持つ重要性に気づきました。これからも、自分の将来の夢の実現のために勉強を頑張ろうという意志を持ち続けようと思っています。

 大学についてですが、私ははじめ東京医科歯科大学に行きたいと思っていました。もちろん、私はその大学に今も興味を持っています。しかし、第1志望を東大理Vにしようと思っています。以前目標を高くするということ、自分の目標よりも高く成功することは少ないと教わりました。この言葉は私にとってとても印象的でした。やはり、誰でもまずトップを目指すことが大切だと分かりました。また、トップの大学に行けば、その後の未来も大きくなると思います。わたしは、大学卒業後はアメリカに留学して、ハーバードメディカルスクールに行きたいと思っています。そこで医療について多く学ぶことができれば、私はその技術を、私の出身の県である沖縄に役立てたいと思っています。私は沖縄が大好きで、将来は沖縄に役立つ医者になりたいと思っています。

 また、私は医者の免許を持ちながら、金融機関で働くことにも興味があります。わたしは、この世界がお金で動いていると言っても過言でないと思っています。また、円高や円安で自分の国が有利になったり不利になったり、また輸入や輸出でも損得が変わってくるのが不思議です。また、今ヨーロッパの各地で財政危機が起こっています。相場は毎回変わっていき、世界各地で大きな出来事が起こるたびにとても大きく変動します。北朝鮮の金日成総書記が亡くなったときに株市場も変動しました。この変動は私はとても興味を持っています。そして、世界各地の財政危機をどうしたら落ち着かせることができるのかを知りたいです。

 このように、私はいろいろな分野にも興味を持っているので、どの教科も片寄りなく勉強していこうと思っています。そして、私が大好きな英語もどんどん伸ばし、将来アメリカ育ちと間違えられるくらいまで話せるように絶対なりたいです。

 

 

 

 僕は将来の夢が2つあります。そしてどちらになろうか悩んでいます。

 どんな夢なのかというと、まず1つ目の夢は知的財産権を守る弁護士になることです。なぜ知的財産権を守る弁護士になろうと思ったのかというと、ゲームを違法にダウンロードするなどの行為が許せないからです。例えば1本5千円のゲームソフトがあったとします。そのソフトがネット上などに違法にアップロードされ、それを100人の人が違法に無料でダウンロードしてしまうと、単純に考えるとゲーム製作会社にとって50万円の損失になってしまいます。そうするとゲーム製作会社はだんだん新しくゲームをつくることができなくなってしまいます。ゲーム製作会社もソフトのアップロードやダウンロードをされないようにプロテクトをかけたりするなどといった工夫をしていますが、すぐに破られてしまい、また新たにプロテクトをかけ、破られ・・といったいたちごっこが続いています。僕はこのようなことがこれ以上起こることを防ぎたいと思ったので、知的財産権を守る弁護士になろうと思いました。また、その仕事に就くためには、人と話をするための技術や、法律に関する知識と理解、新しい技術を理解するための古い技術などの知識など、様々な知識や技術を身につける必要があります。それらを身につけるために人とたくさん話をしたり、いろいろな学習を自ら進んでやっていくようにしていきたいです。

 2つ目の夢はゲームを作る人です。「ゲームを作る人」とかなり曖昧なのは、プログラマーやプランナーなどたくさんある中から特には決まっていないからです。なぜゲームを作る人になろうと思ったのかというと、リハビリに使うことができるゲームを作りたいと思ったからです。どうしてリハビリに使うことができるゲームを作ろうと思ったのかというと、辛いリハビリでもゲーム感覚にしてやれば楽しくやることができるのではないかと思ったからです。しかし、そのようなゲームをつるには医学の知識やプログラミングの知識、またゲームは1人で作るわけにもいかないので他の人との協調性などこちらでも様々なことを身につけなければいけません。

 なぜこれらの夢で迷っているのかというと、両方とも根本的な理由が同じだからです。その理由とは、僕はゲームや漫画が大好きで、将来は何かそれらのことに関わる仕事がしたいと思ったことです。しかし両方とも関わるとことが同じでも、その仕事に就くためにしなければならないことは、弁護の方は法律などの主に文系に関わっていることで、ゲームを作る人の方はプログラミングなどの主に理系に関わることで分野自体が異なります。ですから,早く決めた方が進路が早く決まるため、いろいろな点で得なのですが、なかなか決めることができません。僕は夢が決まるのが少し遅くなっても問題がないように全教科がまんべんなく取れるようにしていきたいです。そのために今の苦手な教科を無くしていきたいと思います。

 

 


3組

 

 私の将来の夢は教師になることです。幼い頃は、教師という職業は身近な親しみやすいイメージしかありませんでした。でも今は、今の自分の学力では就くのが難しい職業という認識に変わりつつあります。

 教師という職業に対する魅力はいくつかあります。

 一つは、今の自分の学力ではなるのが難しいということ点です。そのこと自体に不思議な魅力を感じています。実際に教師になるためには相当努力を積み重ねなくてはなりません。夢を実現させるためには勉強があまり好きでない私は、そんなことは言っていられません。今の勉強に集中するためにも教師になるという目標は大切なものと考えています。二つ目は、「教え方」という行為そのものに対する魅力です。私は教わるより教えるほうが好きです。物事を人に教えていると、相手が知らないことを今自分は教えているのだという実感が湧き、教えることは楽しいことだという気分を味わうことができます。また、小学生の頃、担任になったある先生は「俺はお前達に勉強を教えるが、お前達も俺にいろいろなことを教えてくれているんだ」と言っていました。後になって考えてみると、生徒が先生に教えているなんておもしろいなと思えました。そのとき、教師とは非常に興味深い職業だなと思うようになりました。そして、「教える」ということも興味深いことだとも思うようになりました。そこで私は「教える」という行為に魅力を感じました。

 でも、ただ魅力を感じているというだけで教師になることはできません。教師になるためには、教員採用試験に合格しなければなりません。教員免許は大学卒業で取得できたとしても、それだけでは教員にすぐなれるわけではありません。最近は「どこの大学に行くのが将来の自分にとってよいのか」ということについて考えるようになりました。現在の私は早稲田大学に行きたいと思っています。父が早稲田大学出身なので、昔からその存在は知っていましたが、インターネットを調べてみると、毎年多くの教師志望の学生が集う大学であることがわかりました。早稲田にいけば同じ夢を持った人と出会えるチャンスが広がります。教師になれるかどうかは、結局その人の努力によるものですが、早稲田を出た学生は実際に教師になっている人が多いそうです。早稲田は学生数が多いだけに、様々なタイプの人との交流が多く、教師でなくても様々な分野で活躍している人が多いということも魅力の一つです。そのなかに自分も加わり、夢を実現させたいと思います。

 教師とは、辞書で調べると、「公認された資格を持って児童、生徒、学生を教育する人」という記述以外に、「学術、技芸を教授する人」と書いてあります。けれども今私は、江戸取の先生から、その他のことも学んでいます。やはり私も将来、生徒に「人生の先輩」として、自分が教えられることをすべて教えたいと思っています。

 今のままの私は、まだ教員採用試験に合格するだけの実力を持っていません。数学と理科が苦手で、いつもその二つの教科が総合順位の成績の足を引っ張ります。

 どうすれば苦手科目を克服できるでしょうか。やはり予習復習は欠かせず、それに十分時間をかける必要があります。私はいつもギリギリ8時前登校なので、もう少し余裕を持って登校し、「朝が一番、授業が一番」というフレーズの意味を噛み締め、実践しようと思います。

 将来教師になるために、学力、人格ともに磨きをかけ、生徒から親しまれる教師になることを決意します。

 

 

 

 僕の夢はスポーツ関係の仕事に就くことです。スポーツ関係といっても具体的には体育の教師、プロのスポーツ選手、スポーツの理論を科学的に研究する研究者、スポーツインストラクター、スポーツ誌の記者など、いろいろなジャンルの仕事があります。

 その中でも、たとえば体育の教師になるにはまず教員免許が必要です。これは体育学部のような学部があれば取れると思いますが、体力的、技術的にその学部の指導についていくためには、今のうちから選手としての技術力を磨いておく必要があります。

 次にプロのスポーツ選手ですが、これは簡単になれるものではありません。教師になる以上に、全国に通用する実績、結果を出さないと不可能です。プロの選手を多く輩出する大学がありますが、それも高校時代によい結果を出さないと遠い存在です。弱い大学では注目もされずに終わってしまいます。強い大学に進めば周囲には全国レベルのすごい選手が多くいるわけですから、レギュラーになるのはかなり難しくなりますが、その中で切磋琢磨し、頭角を現すことができればそれだけプロへの道は近くなります。スポーツをするために大学へ行くとすれば、やはり強い大学に進むのが理想です。それは指導者も設備も「一流」がそろっているからです。

 次にスポーツの研究者ですが、これは理系の学問が中心になるのではないかと思います。どうしたらさらに速く走れるか、有名な選手の強さの秘訣は何かなど、医学的見地から研究することもあるでしょう。やはり研究施設のしっかりした大学へ進むことが必要になります。スポーツインストラクターも医学の知識が必要です。その研究分野の進んだところを選ばなければなりません。

 スポーツ関係といっても職業は実に多岐にわたります。自分は何に向いているか、選手としてどれだけ記録を残せるか、将来はまだ未知数です。けれどもスポーツが思いっきりできる環境に身を置きたい、そういう大学に進みたいという気持ちを強く持っています。

 今、目標としている大学は筑波大学です。国立ですのでかなり難関です。本当に筑波大学に合格するためには高等部では「東大クラス」に入れるくらいの学力は身につけておくべきだと思っています。学習とスポーツを両立させ、これからもがんばります。



4組

 

 

 

 

僕の将来の夢は、医者になることです。また、その中でも、研究医になって、今までの時代では治らなかった病気や、もう手遅れで死を待つしかない病人などを救う薬を開発したいと思います。僕は、小学校から昨年までは、ずっと小学校の教師になりたいと思っていました。しかし僕は今、医者になりたいと思っています。そう思った理由には、二つあります。
 一つ目は、テレビなどで、普通の生活を送ることができない人や、死を待つしかない人など、今の医療の技術では治すことができない人などを見たことです。僕は、このような障害を持った人などを見たとき、正直引いてしまいました。しかし、「この人も、本当は普通に生活したいんだろうな。」と思い、このような人を救うことができる、もしくは、少しでも改善できるような薬を開発したいと思いました。
 二つ目は、今の医療の技術の素晴らしさです。僕は、どんな病気でも治すことができる薬を開発したいと思っています。最初、このような薬を開発することは、夢に過ぎないだろうと思っていました。しかし、テレビなどで、今の医療の現状をたびたび目にしていくうちに、自分の夢に過ぎないと思っていた薬を開発することが、できるのではないかと思ったのです。また、このまま医療の技術が進歩していけば、本当に病気で苦しむことのない世界を作り上げることができると思います。ですから、そのような世界を作り上げることができるように、今から準備のための勉強をしていきたいと思います。
 それから、僕は医者になるという夢を持つようになったので、今までよりも、さらに勉強を一生懸命にしていかなければいけないと思います。僕は、大学はまだ特別に行きたいと思っているところはありませんが、学部は医学部に行きたいと思っています。医学部は、どこの大学でも他の学部より、難しいと聞いているので、一生懸命に勉強していこうと思います。また、特に数学をやるというような偏った勉強ではなく、どの科目も同じように勉強していきたいと思います。先輩たちの話によると、「もっと早くやっておけばよかった。」という声を多く聞きます。そうならないためにも、早めに勉強することで、苦手なところを克服できる余裕が持てると思います。そのように学習することで、自分の夢に向かって進んでいくことができると思います。
 最後に、僕はこれからの四年間の学校生活で「心力」、「学力」、「体力」を身につけることとともに、自分の夢を実現できるように、一生懸命に勉強していきたいと思います。また、後悔しないように早め早めに準備することを心掛けて、勉強していきたいと思います。そして、自分の理想とする薬を開発して、世界中の人々を救っていきたいと思います。

 

 私は将来「薬剤師」になりたいです。きっかけは小学二年生の時頃から同居していた祖父の体の具合が悪くなってしまい、その様子を見ていた当時の私は「おじいちゃんの病気を薬で治してあげたいな」と思っていました。そして、小学四年生の時から中学受験の勉強をするようになり、このあたりからはっきりと薬剤師になりたいと思ったのです。中学一年生の頃は他の職業もいいなと思いましたが、やはり自分は薬剤師がいいと思いました。今は薬剤師に向け一直線で行きたいと思っています。そして目標を決め、次はどの大学を目指すかということになりますが、私はせっかく江戸川学園取手中・高等学校に入ることができたのですから、レベルの高い大学を目指したいです。そうすると、千葉大学や東京理科大学などがいいなと思います。私はなるべくなら私立の大学よりも国立の大学へ入りたいと思っています。ですから、私は千葉大学を目指していきたいなと思います。ですが、やはり千葉大学はレベルがとても高いです。まだまだ頭の悪い私などでは受かるようなところではありません。無論、東京理科大学も受かりそうにありません。ですから私は苦手な科目の弱点克服に努めていかなければなりません。まず、数学では大きく代数と幾何で比べてみますと、代数の方が出来具合が悪いです。なかでも二次方程式が悪いです。練習してものにしたいです。理科では全体的にパッとしていません。目指しているものがものだけにこれはまずいなと思いました。これも、早く得意科目にしなければいけません。英語は最近力を入れていたおかげで、少しずつ良くなってきていますが、リスニングがいまだに弱いのです。ですから、日ごろから意識的に英語のCDを聞くようにしたいです。まだまだ弱点だらけですが、一回一回のテストを大事にしていき私の「将来の夢」に近づいていきたいです。


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5組

 
 
私は将来、医師になりたいと思っています。
 医師という職業はなるのがとても難しく、業務内容も複雑で大変な職業です。そしてその分、社会的地位や年収が高いことで知られている職業でもあります。しかし、そのような一般的な認識だけでははかれないものがあると私は思います。医師は命を救うこともできますが、ひとつ間違えれば助かる命を殺してしまう可能性もあります。どの職業もそれぞれに重要ですが、この責任の重さからも、医師の重要性が分かります。医師はどんな世でも必要とされる職業です。そういう仕事に就きたいと思ったのが、私が医師になろうと思った理由です。
 私は入院したことがあります。10日ほどで退院することができましたが、発熱や頭痛、吐き気に苦しみました。毎日様子を見てくださった先生方は、専門外のことでも調べて私を精一杯治療して下さりました。大変な職業だと思うと同時に自分もこうなりたいと強く感じました。医学は常に進歩しています。それに対応していくためには、医師になった後もずっと勉強を続けていくことが必要だと思いました。全ての病気が直せるという訳ではないと思いますが、常に患者さんにとって最良の治療を目指して努力する医師になりたいです。
 医師になるためには、大学の医学部に入らなければなりません。私は国公立の大学の医学部を目指しています。理系科目だけではなく、入試では文系科目も必要となります。どの科目も偏りなく高い水準を保てるよう努力していきたいです。夢の実現に向けて課題はたくさんありますが、ひとつひとつ積み上げていきたいと思います。


 

 

 

 僕は去年の4月頃、中学2年生になってから将来は気象関係の職業に携わりたいという夢を持つようになりました。もともと小さい頃から気象に興味を持っていましたが、僕の伯父が気象関係の職業を目指していた話を聞いてからその思いは強くなりました。伯父の夢が叶うことはありませんでしたが、自分こそは絶対に夢を叶えてやると決意しました。今まで漠然としていた将来の目標が定まりました。
 夢を叶えるために僕は気象大学校を目指しています。気象大学校はかなりの難関ですが、僕はあきらめていません。高い目標を持つことは自分にとって良いことだと考えています。時間のある今のうちに基礎を固める事が大切であるということを頭において学習に取り組みたいと思います。
 僕の夢への道のりは決して平坦ではありません。しかし、伯父の夢でもあり僕が決意した夢をあきらめるわけにはいきません。だからこそ将来の自分に向けて、決意したからには誠実に前を向いて一歩一歩前進していきたいと思います。
 




6組



 


 

 僕は、夢を語る会で様々な人の夢を聞きました。そこで、自分の夢とそこまでの道を考えてみました。
 僕は、将来、理系の仕事に就きたいです。特になりたいのは、技師です。僕は電子工業、いわゆるエレクトロニクスにとても興味があります。特に、最近のロボットの視覚的判断能力や自分で動く機能はとても素晴らしい技術だと思います。そのような先進的な技術でなくても機械を扱うことが好きなので技師になりたいのです。
 しかし、最近の日本では工学系の就職が大変です。つい数年前まではバブルの勢いの惰性や途上国の工学の未発達によって、日本の工業は維持されていました。ところが、最近では途上国の工業化や日本の経済悪化によって国内の工業の状態も悪い状態になってきました。それは、途上国の人件費は日本のものよりも安く、同じ製品でも日本よりも途上国の方が安く作れるので競争に勝てないという理由からです。また、これにともない日本企業は海外に工場を移転し、日本人で雇われる人の数が減ってしまいました。これが産業の空洞化です。また、経済の悪化によって、中小企業は維持が難しく、いつつぶれるかわからない状態となってしまいました。ですから、工学系に進んでも将来が期待できないという可能性もあります。
 そこで、僕は医療系の職業に就くことについても考えています。日本では、工業とは逆に医療の雇用は著しく増えています。これは社会の高齢化によるものだと思います。現在、日本の高齢者は国から年金をもらっている上にバブルの時期に働いていたため貯金も多く、現在の若者とは正反対で裕福な人がとても多いです。このような人たちが長生きするためにお金をかけることによって医療が発達してきました。また、それだけでなく医師免許はその国で得たものしかその国で使用できないため、それ自体価値が高いのです。このように、医療系に行けば仕事があるのでいいと思いました。
 僕は二つの道について考えましたが、最もなりたいのは技師で、そうでなくても安定した収入が欲しいのなら医師を目指したいということです。僕は、今も迷っていてどちらかに絞ることができません。しかし、現実的なことを考えるといずれ技師になることをあきらめなければならなくなると思います。
 進路については、技師になるのなら、早稲田大学か東京理科大学の工学部、医療系の職業に就くのなら国公立大学の医学部に進みたいと思います。どちらの道に進むか、どの学科を選ぶのかなどの細かいことも早めに決めて、そのための勉強をしていきたいと思います。以上が僕の将来についての考えです。

 



 僕は、夢を語る会を聞いて色々なことを思いました。

 まず一つ目は、大学についてです。どういうことかというと、僕は大学のことはまだまだ考えなくてもいいと思っていたので、これまではあまり考えませんでした。しかし、今回夢を語る会を聞いて、僕もまだ中二だからという考えを捨て、受験に向けて勉強していきたいと思いました。また、大学に国立、公立、私立などに分かれています。僕はそれらの中では、国立大学か公立大学に入ることができればいいと思います。どうして私立はだめなのかというと、私立は国公立と違い学費などが高いからです。今まで親には色々な迷惑をかけてきたので、せめて大学ぐらいはなるべく安くしようと思ったからです。国立や公立でどの大学がいいかというと、千葉大学を考えています。その理由は、千葉大学は国立で家からも近いからです。僕は、この夢を語る会を聞くまでは、大学進学についてあまり真剣に考えてこなかったので、夢を語る会を聞くことができて良かったです。

 二つ目は、その千葉大学に行くためにどうするかということです。僕は勉強をあまりしないので、頭はあまり良くありません。ですから、僕が国立の千葉大学に入ることは今のままでは無理です。ですから、僕はこれからどのようにしたらいいか考えました。まず、すぐ勉強を怠けるくせを直そうと思いました。そして、宿題や予習、復習をきちんと毎日行い、休日なども宿題以外にも問題集などをやって、テストなどでも良い成績を残していきたいと思います。僕は、国立や公立の大学に受かるために今までよりももっともっと勉強していきたいと思いました。そして、親を喜ばせてあげたいです。ですので、僕は冬休みから早速がんばっていきたいと思いました。三つ目は、職業についてです。僕は、あまり職業のことを考えていませんでした。何故かというと別になりたい職業が無く、また、中学二年生だから考えなくてもいいと思ったからです。しかし、夢を語る会を聞いて、職業についても色々考えました。僕は公務員になりたいです。その理由は、父親が公務員だからです。それだけではなく、公務員の中にも色々な種類があるので自分に合ったものを選ぶことができると思ったからです。公務員になるためには、国家公務員試験に合格しなければいけません。僕は、大学に受かっても勉強をきちんとやり、国家公務員試験に受かるためにがんばって学習し続けたいと思いました。
 僕は、夢を語る会を聞いて、色々なことを考えることができました。今回考えたことを忘れずに将来に向けての努力を重ねていきたいと思います。
 



 

7組

 

 私の夢は医師になることです。そして、私の目標は国立医学部に入学することです。
 私が今の夢を抱いたのは、中学一年生の時です。この夢を抱いた理由は、江戸取生の中に、親が医師である人が多くいたことで、医師という職業が身近に感じられたことです。もう一つの理由は、いとこが医学部受験をしたことです。いとこが一生懸命受験勉強をしていた様子を見ると、「医師になるのは、こんなに大変なんだ。」と思いました。
 今の私は、大学受験がどれくらい難しいのか、重要なのか、ということをあまり知りません。しかし、国立医学部は東大理Tが受かる能力がないと合格できないという事実から、本当に頭の良い人でないと受からないということは分かります。今の私の成績は中の上ぐらいで、決して良いとは言えません。成績表を見ていると、一番改善しなくてはいけないものは、数学だと思います。医学部受験をするなら絶対必要な数学が、中学校の学習が全て終わろうとしている今の時期に、苦手意識を持っていれば、どうしようもありません。まだ中学の範囲は終わっていないので、今のうちに復習しておく必要があります。医学部に受かった先輩達は、中学生の時から、毎日五時間以上勉強している人や、定期テストは全て教科九割以上だった人などすごく勉強している人たちがいます。私は、勉強は平均学習時間しかしていないく、定期テストは八割とれば、良い方だと思っていました。こんな状態では、国立大学に合格できるわけがありません。これからは、定期試験で八割五分はとれるように勉強したいです。
 私が目指しているのは、「みんなを笑顔にする医師」です。どんな年齢でも、どんな病状でも、真剣に対応して、患者一人一人に健康を届けられるような医師が理想です。そして、評判のよい医師になりたいです。そのためには、高い技術、良い人格が必要です。高い技術を得るためには、常に努力をしなくてはなりません。人格をよくするには、日頃から、他人を思いやることを忘れてはいけません。ともに、今から実践していくことで身に付くことです。こう考えていくと、今できることを一生懸命やることが大切であることが分かりました。
 私は、今回の夢を語る会で衝撃を受けました。在校生の発表では、同い年の人がこんなに明確な夢を持っていることに驚き、自分も夢や目標を明確にしなくてはならないと思いました。卒業生の発表では、仕事が充実していると、良いことがあるのだと思い、私も、仕事を充実させられればよいと思いました。
 私は、理想の医師になれるように、まずは、国立医学部に入学できるように、本気で一日一日を送っていきたいと思いました。これからは、夢に対する意識を高めたいです。
 



 

 


 僕は今回の『夢を語る会』の発表を聞いて、医者になるという夢をより固めることができました。
 発表者と一致する理由がいくつかあります。一つ目は、中学一年生の竹尾悠希君もお話ししていましたが、仕事をするためには、専門知識や大人として正しい行動と、伝える能力が必要であり、僕の将来の夢を叶えるためにも大切だと思うので、頑張って身につけてやりがいのある仕事にしたいです。
 二つ目は、中学二年生の佐野小桃さんが「人格が大切、他人への気配りも必要」という言葉です。僕は医者の臨床医になりたいので、人格や他人への気配りはとても必要だなと思ってます。また、これができるようになったら、臨床医への道が近づくので頑張りたいです。
 三つ目は中学三年生である竹野有加理さんのある言葉でした。その言葉とは「認知症をなくして、自分にとって大切であった人々に自分のことを覚えていてほしい。だから、認知症のことについて調べて、研究し、認知症の患者を救えるようにしたい」ということです。僕が医者になろうと思ったのも誰かを救いたいと思ったからです。
 四つ目に江戸川学園取手高等学校を卒業された梅津道久先輩の講話です。梅津先輩は僕が将来目指している医者という職業に就いていらっしゃるので、僕にとって目指す人を見つけた想いでした。梅津先輩は3月11日に起こった東日本大震災のとき救助活動を行った立場からのお話が聞けたので、とても参考になりました。さらに、僕も梅津先輩みたいにいろいろな人々を助けられるようになるために、いまから夢に向かって頑張っていきたいと思いました。
 また、梅津先輩にとっては、やはり医者という職業はやりがいのある職業だとおっしゃっていたので、このやりがいのある職業に就けることを目指していきます。僕は将来医者の中でも臨床医として内科の先生を目指しています。これは僕の父親が内科医であるということもありますが、何より僕は父親のように立派な人になりたいと思っているからです。梅津さんは、「夢というのは目標と強い気持ちである」と話していました。つまり目標だけとか、強い気持ちだけでは夢とは言えないと思い、心に強く響いてきました。今回の『夢を語る会』に参加し、より一層に自分の将来の夢を叶えたくなりました。



8 組

 私の将来の夢は国際警察になることです。小さい頃の夢は警察でしたが、成長して外国の文化や生活をたくさん知るにつれ、将来は外国で働きたいという思いが生まれていきました。そんなときに知ったのが国際警察という存在です。

世界の国々は目覚ましい発展を遂げ、今も尚、近代化が進んでいます。今や、「国際」という言葉を聞かない日など、ないのではないでしょうか。しかし、世界がいくら発展しても人の心の闇は消えません。私たちの日常では考えられないことですが、未だ紛争が続いている地域があります。今、この時間にも国際社会につけ込んだ犯罪を犯している人もいるかもしれません。世界は発展しているのに人々の心の中はどんどん暗くなっているように私には見えてなりません。国際警察官と言っても犯罪を取り締まるだけでなく、このような人たちを助けるような人になりたいと思います。

 私が将来の夢に近づくために、今、自分に出来ることを今日からでも取り組んでいきたいと思います。まずは「学力で習っている内容を確実に定着させる」ということです。国際警察という職業は高い学力を必要とします。学校の学習だけにとどまらず、興味を持ったことにも進んで取り組んでいきたいです。また、近年、世界共通語として英語が広く使用されるようになりました。英語を母語としない人たちも積極的に英語を学び、話せるように努力しています。私は万国共通語である英語以外の他の言語が話せるようになりたいと思いました。私は「ある分野では誰にも負けない」という自分の自信となるものを持ちたいです。

 次に「世界の様々な分野のことを知っておく」ということです。国と国の架け橋となる、この職業は常に世界のあらゆることを知っておかなければなりません。新聞やニュースを見て、世界のあらゆる事を知るのはとても勉強になることだし、将来にとても役立つと思います。私は飽きっぽい性格なので、簡単なことから一つ一つチャレンジしていきたいです。

 国際警察という職業はいつも危険と隣り合わせです。甘い考えで就くことは許されなく、私にぴったりの職業だとは言い切れません。しかし、私は国際警察になり、困っている人を助けて、一人でも多くの人を笑顔にしたいです。私たちには無限大の可能性があります。今苦手なものでも、得意にすることができるという可能性。勉強やスポーツが思うようにふるわなくても、それを克服できるようになる可能性。私たちに与えられている可能性を最大限に活用し、今、自分に出来ることを精一杯、行っていきたいです。これからの江戸川学園での生活を自分にあった形で、いろんなことにチャレンジし、楽しく有意義に過ごしていきたいです。

 

 

 

 僕は将来、法学部・政治学部・経済学部といった公民分野に関する学部に進学したいと考えています。そして、その後の進路は大学院に進学し、学者か教員になるのを目指しています。その理由や動機の最たるものは、興味や関心があるからですが、それだけが全てではありません。僕は社会科は世の中を知り、考えることのできる学問だと考えています。地理の都市、人口や農林水産工業等や日本史の現代史等もそうですが、特に公民の時事問題です。最近は世の中の動勢や政治に無関心な人が増えているそうですが、果たしてこれで良いのかと思います。子供はまだ許容限度内ですが、投票権を持った成人がこのような状態では困ります。これも日本の未来は明るくないだとか、借金だらけとか言われる要因ではないかと思われます。僕はこうした現状の改善のためにも、この学問を学びたいと思うのです。

 次に、学んだ後の学者・教員のそれぞれの夢について考えてみました。まず、学者の場合ですが、自分の興味のある学問をひたすら学べる点に憧れました。また、研究結果や意見を大学生をはじめ、ニュースや新聞のオピニオン欄等で世間に広く伝えられることにも魅力を感じました。同様に教員についても考えてみました。先述したように時事や政治に無関心な大人が多くなってしまうのは学生の頃が重要なのではと感じます。子供は無関心でも許容内と述べましたが、僕は教員になったら生徒に少しでも世の中を知り、調べ、考えるという過程の中で社会科のおもしろさに気づき、そして感じてほしいという思いがあります。改めて、この思いからも僕は社会科を単に暗記教科としてとらえてほしくないと感じました。

 学者と教員のそれぞれの場合について考えてみましたが、この2つの職は、自分も学んだ上で、他者に発信していくという共通点があります。これは結構重要なことだと感じました。

 最後に、将来へ向けてどうすればいいのか考えてみました。まず、学ぶためには大学に合格しなければなりません。将来での重要な段階です。そのためにも今の学習を一生懸命取り組まなければならないと改めて痛感しました。今のこの時期はまだ将来を確定したくありませんし、出来ないので他の可能性や進路選択のためにも全教科バランスよく学習していきたいと思います。また、調べてみて、学者になる道は非常に厳しい狭き門だとわかりました。しかし、そうであっても僕は諦めないようにしたいです。諦めたらその時点で先は見えませんが、諦めなければ可能性はあります。この中学・高校生活の長いスパンでこのことを忘れずに努力し、将来を見つめていきたいです。




 

9組


 私が将来、なりたいと思っている職業は医師です。そう思った一番大きな理由は、医師という職業が人のために尽くせる仕事であるからです。
 私が人のために尽くしたいと思った最初のきっかけは祖母の病気です。祖母は私が本当に幼い時から杖をついて生活していました。何十年も前に患ったくも膜下出血が原因です。その頃から私は祖父や祖母や父から、「おばあちゃんや、同じ病気で苦しんでいる人を助けてあげてね。」と言われ続けてきました。それが最初のきっかけとなりました。そして、私がその思いを強く意識したのは小学5年生の冬のある日でした。祖母がまたも同じ病気にかかってしまったのです。2度目ということもあり、もう自分一人の力では立つことすらもできなくなってしまいました。祖母が入院している間はただとにかく怖かったです。毎日のように祖母の家からかかる祖母の病状を知らせる電話と、それに一喜一憂する父の姿。週末、病院への見舞いに行っても病室に入れてもらえない私たち姉弟。そのために、私は絶対に医師になりたい。絶対になってみせる、と強く思うようになりました。
 2つ目のきっかけは、あの3月11日におこった東日本大震災です。あの地震ではたくさんの人が犠牲になってしまいました。私の幼い頃の友達で、仙台に引っ越していた友達もあの地震で亡くなってしまいました。発生から1年が経とうとしている今も、仮設住宅に住んでいる方たちも大勢います。先日、ニュースで被災地の子供の学習意欲が低下している、ということを報道していました。私が今回の地震を体験して一番強く感じたのは、やはり困っている人に最大限の力で尽くせる人になりたい、ということでした。今回の夢を語る会でお話しをしてくださった梅津先輩のような立派で素敵で、人から信頼されていて、向上心に溢れる医師になりたいです。
 最後に私はそんな医師になるためには、何をどうすればいいのかを考えてみました。今から一番やならければならないのは、やはり勉強をしっかりやるということです。しっかりと1コマ1コマの授業を受けて、家に帰ってからもしっかりと授業の復習をすること。これが、今の私ににとって必ずやらなければいけない大切なことです。次に、医師になるには責任感がなくてはいけません。患者さんの命を預かる仕事だからです。だから、これからは頼まれたことは必ずしっかりこなして他人に迷惑を掛けないような生活をしていきたいです。目標を絶対に見失わないで、その目標を叶えるために強い気持ちを持ち続けていく。私は、絶対に途中で医師になる、という目標を捨てずに諦めずに祖母のために、困っている人のために努力をし続けていきたいと思います。

 

 


 僕の将来の夢は「医師になる」ということです。一生懸命努力して学んだ大量の難しい専門知識を用いて、人々の健康を保ち続けたり、命を守ったりしている姿は自分の目にはとてもかっこよく映っており、あこがれの職業です。
 そもそも、なぜ僕がこの職業に憧れているのかというと、僕の父が開業医として自分の病院を開いているからです。父は勉強に勉強を重ねて念願の医師になってからも、研修会に出席したり、休みの日でも専門書を読んだりなど日々研究をして、今よりも上質な医療を患者さんに提供しようと努力をしています。実際、地域の患者さんからの信頼はとても厚いようです。そして、治療を終えた患者さんの口からは「ありがとう」という感謝の言葉がよく聞かれており、その言葉が父の仕事の励みになっているようです。
 自分も父のような地域の人々に信頼され、感謝をしてもらえるような医師になりたいと考えています。「地域の人々に信頼され、感謝をしてもらえるような医師」とは具体的に言うと、日々しっかりと勉強をして知識を増やす、患者さんが訴えていることにきちんと耳を傾ける、病気や出した薬に関して患者さんにもわかりやすいような説明をするといったことができるような医師だと思います。どれも医師としての基本的なことではありますが、仕事などで忙しくなってしまうと、ついつい適当になりがちな気がします。どんな時でも患者さんの心を思い、気を遣えるような医師になりたいと思います。
 医師になるという夢は、叶えるまでの道のりが長く難しいものです。大まかに言えば、江戸取の医科コースに入って、大学の医学部に入学、そして医師の国家試験に合格し、さらに研修医になり、一人前になったらやっと本当の医師になれます。そんな長い道のりを乗り越えてゆくには、学力、体力、心力の3つが必須になるのではないかと思います。学力は医師になることそのものにとって必要不可欠ですが、これは日々の授業にまじめに取り組むことと、予習と復習を毎日かかさずに行うことを中心にやれば鍛えることができると思います。江戸取の小テストや年4回の定期実力試験ですべて満点を取るということを意識することで学力は伸びてゆくとも思います。体力は、日々の体育の授業や日々の生活、徒歩通学によって養えると思います。心力は普段の友人との関係、LHRの授業などで養えると思います。また、前述した「徒歩通学」や「8時前登校」など毎日や毎朝行っていることも実は心力を鍛えることになっていると思います。そしえ、何よりも普段からまじめに、誠実に生きることが僕の理想の医師像に近づく一歩だと思います。




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