1組 「国際社会を生きる」
 国際社会で生きるためにこれからどうしていけばよいかということについては、相手と自分の価値観やいろいろな感覚を互いに理解していくことが最も大切だと思いました。自分の感覚や考えを押しつけて、好き放題にやると周りの国と国、人と人との関係が崩れて様々な国際問題などに発展していき、最悪の場合は命が失われるという自体にさえも陥る可能性があり、大変危険です。ではどのようにして、相手のことを理解するのか根本的なことから考えるとまず相手とコミュニケーションが取れないと相手を知ることも自分のことを伝えることもできないので、英語などの共通の言語力を向上させることが大切だと思います。その上で相手を尊重し、思いやるという気持ちを持つことによって今後、よりグローバル化、国と国との関係が深く重要視されていく世界で、より密度の濃い充実した日々を生きていけると思います。
 また、国際社会と医療を関連させて考えると、すぐにエボラ出血熱を思い出します。エボラ出血熱はアフリカ、ヨーロッパ、アメリカなどで大流行して、日本や他の国々から国境なき医師団などの医師が助けに行くということがあり、最終的に一つの国で開発されたワクチンによって大流行が一段落するという大きな国際的な動きがありました。このような国際的な支援をするときに、支援しに行く国毎に医療の仕方を相手の国の習慣や文化を理解しなければ医師が危険に晒されることにもなるので、私が将来、医師として多くの苦しんでいる患者の方々を救うため、日々の英語の授業を大切にし、英語力を鍛えたり、多くの国の文化・習慣・倫理道徳観に触れたりしながら国際社会に適応していきたいと思います。

 

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2組 「社会の一員として」
 私は,江戸川学園取手高等学校の一員として果たすべき役割について,三つの点で考えて見ました。
 まず,一つ目は班という小さな単位での役割,責任についてです。 具体的には,総合学習での班の発表等で,与えられた役割だけでなく,自ら班のメンバーの協力ができるような行動を取ることがそこで果たすべき役割だと思いました。
 二つ目にクラスという単位で考えてみました。
その単位で現在思いつくのが紫峰祭です。中学校のときも文化祭はありましたが,クラスでの出し物はありませんでした。 今年は初めてクラスでの出し物(研究)に参加するので,自分の長所を生かしてクラスの出し物の発展に貢献し、成功できるよう努めたいと思います。 さらに,到達度テストなどの試験で2組が学年で1番になるため,日々の勉強を欠かさずに,より高い得点ができるように努力しようと思います。
 三つ目に,学校の中での責任と役割について考えました。たった一人の誤った行動で,学校の名が傷ついてしまうので,決められた規則を守りこの学校の生徒として名の恥じない行動を取ることが責任だと思いました。
 今回の講話を通して,社会は複数の人間がある決まりごとを守り生活している集団であるという点から,100人の人のうち99人が良い行動をしていても,1人がそれに反する行いをすれば集団自体が悪く見られてしまうことを自覚しなくてはならないと思います。 また,集団の中で自らの責任や役割を果たすことができない人は,社会から疎外され孤立してしまうと思います。 だからこそ,自分が社会の一員であるという自覚を持ち,自らの果たすべき役割や責任を欠かさずに行い,集団の力を伸ばす手助けをしていかなくてはならないと思いました。

 

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9組 「公共心・公徳心を養うために」
 今回私は「公共心」「公徳心」を養うためにというお話をお聴きしました。お話の中にあった、規律という言葉ですが、私は正直、規律という言葉の意味をあまりよく分かっておらず、規則などと同じような意味だろうと思っていました。しかしお話を聴いていくと、規律と規則は同じ意味ではなく、挨拶をするなど、公共心、公徳心を守るようなことだということが分かりました。
 班に分かれた後での話し合いでは、イタリアの世界遺産に落書きをした日本人にどのような処罰を与えるかというものでした。私自身は罰金だけで十分だと思いましたが、みんなが様々な意見を出して、最終的にまとまった班の意見としては、イタリアに出入り禁止と罰金と退学というものでした。
 実際にこの落書きをした学生と教員に下された処分は、厳重注意や2週間の停学、野球部監督解任などで、思っていたよりも処分が軽くて驚きました。しかもイタリア人の人たちにとっては、この処分でも重いと思ったようで、場所によって考え方などが違うことが分かりました。
 私は公共心や公徳心の意味も良く知りませんでしたが、お話を聴いて良くわかりました。私は今まで、公共心、公徳心に反する行いをたくさんしてきてしまいました。中学校の時は、歩きながらスマートフォンをいじったり、学校にゲームを持ってきてしまったこともありました。だから私は今までの事を反省して、公共心、公徳心を守ることを常に心がけて、積極的にボランティアなどに参加したりして、規律を守っていきたいと思います。

 

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9組 「公共心・公徳心を養うために」
 僕は今までリサイクルやごみの分別はしっかり行ってきたと思っていますが、社会のためというようなことではなく、単純な作業として行ってきたので、毎日、面倒臭いと感じていました。しかし、今回のお話をお聴きして、「公共心」「公徳心」があった上でリサイクル等をしなければ、社会的貢献をしているとは言えないと思いました。なぜならば、リサイクルや募金はボランティア活動と言えるからです。ボランティアとは自ら進んで社会的事業に無償で参加することで、「自ら進んで」というところに公共心、公徳心という意味が含まれています。よって、公共心、公徳心のないボランティアなどは社会的貢献をしていないということになります。これからは、公共心や公徳心を持って活動していきたいと思います。
 僕が考える規律はモラルやルールを遵守することだと思います。江戸取は規則が厳しいなどと思われていますが、僕は、あまりそうは思いません。中学校のルールの方が厳しかったので今、特につらいとは思いません。将来、社会に出たときに必要なものは、知識、発想力、規律だと思います。完璧な人などいませんが、欠点ばかりの人間にはなりたくないので、これらのことをしっかり身に付けていきたいと思います。
 ディスカッションで話し合った、優先席については、自分たちはすべての座席を外すというものでしたが、他の班で乗った人は全員立つという考え方もユニークで良いと思いました。しかし結局、個人個人の公共心、公徳心がないと、どの問題も解決ができないと思います。それは自分と社会の間に利害が一致していないと感じているからです。自分と社会の利害が一致しているのに気付くのはこれからだと思います。
 環境破壊の主な原因である温暖化や砂漠化という環境問題が着実に近づいてきているのだと感じています。自分が今、社会のために何ができるかを考えるのは大変重要なことだと思いました。

 

 





10組 「国際社会を生きる」
 私は「国際社会」というものを普段から意識はしておらず、これまで「国際社会」に関する話を聞いても「そうなのだ。」としか思っていませんでした。日本に住んでいて。外国へ移り住む予定もないのであまり気にしなくてもよいとさえ思っていました。しかし、江戸取における国際社会を念頭に置いた五つの教育活動が行われていました。最近は看板などでも日本語と英語で書いてあるものがたくさんあります。少し意識するだけでたくさんの「国際社会」に関するものがあります。
 私は「国際社会」とは「世界のあらゆる人のつながり」ということではないかと思いました。国際社会に生きていると、普通に生活しているだけでは関わらないような人や物ともつながりを持てると思います。しかし、そうすることで良いこともある反面、国が違えば文化や習慣なども大きく違うのでぶつかりあうこともあると思います。そうならないよう、相互にとって良い経験となるようにするためには、今回各々が話し合って出した意見がとても大切になってきます。また、「焼野原」と「焼畑」のように普段では気づかないようなところにも自国の独特の文化が垣間見えます。
 こうして今回の道徳の授業をまとめているうちに思ったことは"国際社会で気を付けること"ということは"国"という部分を変えればそっくりそのまま"他人と関わるときに気を付けること"になるということです。国が違うからといって偏見を持ったりするのではなく、一人の人として接することが大切だと思います。日本人と接するときはあまり細かくは考えず、外国人と接するときは緊張して、という私の今までのことを一新したいと思いました。これからは外国人であろうが日本人であろうが、様々なことに気を遣っていきたいと思います。

 

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10組 「国際社会を生きる」
 私は国際社会で生きていくために相手を理解し、互いに意見を尊重する事が大切だと思います。 なぜなら、国と国もしくは人と人とで何かを話し合う時に相手を理解していなければ、相手の発言で思わぬ勘違いをしてしまい、うまく話がまとまらなくなってしまうからです。 また、互いの意見を尊重しなければ、話がまとまらないどころかそもそも議論として成立しなくなるからです。 では、私達は相手の何を理解し、どんなことを尊重していかなければならないのでしょうか。 例えば、私達は様々な動物の肉を食べます。それは牛あるいは豚、馬、鶏、羊など色々食べます。ですがヒンドゥー教徒は牛肉を食べません。それ以前に畜殺を行いません。なぜなら、彼らは牛を神聖視しているからです。 また、アメリカではポケットに手を入れるという行為は拳銃を取り出そうとしていると思われてしまいます。韓国では親子の上下関係がはっきりしているので親の前で子が酒を飲んだり、煙草を吸ったりするのは厳禁とされています。 お年寄りを大切にする国でもあるので敬老精神は日本以上に気を遣わなければならいません。イタリアではしばしば主語が省略されます。 なぜならイタリア語は動詞が主語により形を変えているため、主語がなくても動詞の形から主語がはっきりわかるからです。 これらのように、言葉、習俗、道徳、宗教などの文化を我々は知り、理解をして尊重していかなければなりません。また、我々の国の文化も他国の人々に理解してもらう努力をしていく必要もあります。 つまり、聞くだけではなく、主張することも大事なことだということです。日本を理解してもらう努力とはどういうことか。自国の文化を理解し、説明できるようになる事だと思います。 この国際社会で生きていくためには相手を理解し、尊重する事も大事ですが、自分を知り、理解し、説明できる事も国際社会で生きていくために必要だと考えます。

 

 





11組 「社会の一員として」
 私は生まれたときから、社会の一員として暮らしていて、年を重ねる毎に周囲にいる人間が増えていきます。仲間との関わりが多くなり、その中での決まり事をしっかり守って生活しなければなりません。 社会がなかったらどうなるのでしょうか。あまり普段の生活の中、社会というものを意識せずに暮らしています。これから人の役に立てるように、また社会の一員として生きていかなければなりません。 一人の人間として生きていくために、小学、中学、高校、大学を通して社会の常識を学んでいかなければなりません。 今回のお話を通して、今の私たちの生活が多くの人々の知恵によるもので、今や必要不可欠なものになっています。私はこれから江戸川学園取手高等学校の一員として精一杯頑張っていきたいと思っています。 これから3年間、この社会の中で、自分が果たすべきことがたくさんあります。特に、自分の夢を見つけられるように学習をすることが私の大きな目標です。 たった一人の誕生は決して無駄ではありません。将来、家族のリーダーとして働くようになっていくと思います。
 どの社会でも、必ず規則はあり、それを守ることになると思います。私は、家族の一員としてもっと働いた方がよいと思っています。 今は学費を親に負担してもらい、食事の支度なども何もかも親頼みで、もっと私ができるようなことを見つけていきたいです。全て親を頼っていたら人間的に成長しません。 社会の一員として、家事をもっとたくさんこなし、親の負担を減らしたいです。また、すべてのことにおいて自分の責任、役割をさらに見つけ、将来、自分のため、または自分の子どもに伝え、教えられるようにしていきたいと思います。 社会の一員として更にレベルアップできるようにしたいです。

 

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11組 「社会の一員として」
 今回は「社会の一員として」というテーマの授業をお聴きしました。僕は前まで「社会」という言葉はよく耳にしていましたが、深く「社会」について考えたことがありませんでした。 今回の道徳で「社会」について勉強することができるとお聴きして、とても楽しみにしていました。先生の講義はとても面白くて、印象に残っていることが多くあります。 中でも社会に必要不可欠なもの、という質問の答えを考えた際に自分が書いたことと周囲のみんなが書いていたことが違っていて面白かったです。 全員「社会」という言葉には馴染みがあって何回も聴いているのに全員の意味の捉え方が違っているということが少し不思議に思いました。
 もうひとつ印象に残ったのが「社会の一員とは」について、僕は社会の一員となるにはその集団に属することだと思っていました。しかし、自分の考えはとても甘く、「自分が集団の中の一人であるという自覚を持つこと」であると学びました。 僕は江戸川学園取手高校に入学したのですっかり江戸川学園の一員になっていたと思っていました。しかし、それだけではなく、江戸取の一員としての自覚を持つことが大事だと教えていただきました。 江戸川学園取手高校という社会の一員として、挨拶を励行し、規律を遵守することが真に江戸取の一員になることだと思いました。 今回の授業を通して社会を成立させるために一人一人が自覚を持って生きていくことがとても大事なことであると思いました。先生から僕たちに心に残るエールを送っていただきました。 僕はこれからも江戸取の一員としての自覚を持って頑張っていこうと改めて強く決心しました。本当にありがとうございました。

 

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