鹿島槍合宿


鹿島槍ヶ岳    種池山荘より

7月27日

 新宿では毎年恒例のトランプ大会。僕らは毎年の事ながらホームに新聞を敷いてそこに座ってトランプをする事になっている。とりあえず何人か分けて見張り番と食事に行くのと分けて交代するという事になってるので僕と富所君栗栖君は去年も行った紫陽花といううどんやに入った。そこで紫陽花(いったい何者かは自分でいって確かめよう)を食べた。他の友人はMacで済ましたからいいやという事でトランプに熱中していて僕も加わる。永遠と大貧民を繰り返し続けた。約三時間半。よくやるなあと思う。

 特急あずさが出発するのは11時50分。乗ったらなるべくよく仮眠を取る事が大切だ。取らないとちょっとばかし大変な事になってしまう。そうわかっているから皆素直にすぐに寝る準備に入る。実に静かである。


7月28日

 今日はなんとなく目が覚めた。時計は4時24分を指していたように思う。到着時間は5時5分なので起きるのにはちょうどよいと思いそのまま起きていることにした。(ぎりぎりになって皆起きていて起こされるのはちょっと嫌だから。)隣でトド君は寝ていてまあ皆に起こされる羽目にはならない程度にもうちょっとよく寝させてあげようと思ってまだ起こさなかった。今電車は停車している。松本駅のようだ。一つ後ろの小林君、雨宮君は起きているようだ。その後ろの栗栖君、高島君は声がうるさい。その隣の野田君は外からカフェオレを買ってきて、「グッド モーニング シガ クン カフェ オレ ノム?」とやってきて、僕的にも眠くてちょっと寝ぼけているようなのでちょっともらった。その時にはトド君も目が覚めていて、その後二人で窓の向こうの景色について話した。本当にすごく綺麗なTwilight、蒼がかった薄暗い空に緑の淡い水田に濃い紺色の山に紅色とピンクの朝日そしてその回りの濃い紫色の空気すごく綺麗だった。でも残念ながらカメラにはうまく収めることができず無念な思いを今でも引きずっている。日の出が終わってからも景色はなかなかすばらしくて且らく見とれていた。雨だ。

 信濃大町駅につくと雨。これは一番この合宿で起こってほしくなかったこと。もう気分は一気に暗くなる。何が嫌ってそれは説明するほどのことではないし、し始めたらきりがなくなるのでしないことにするが、とにかく嫌だ。信濃大町駅で登山届を済ませてタクシーに乗りこむ。僕は一番後のタクシーに乗った。雨はだんだん強くなってきてフロントガラスにあたる雨粒が段々巨大化していく。目の前の状況は最悪だ。本当に雨が弱まる気配はまるでない。予定変更になるのではないかとすごく不安になった。池田先生が同じタクシーだったので何か聞こう思えば聞けるのだけど…。誰もしゃべらない。そのせいでますます気分は落ち着かなくなる。ドンドン悪循環にはまっているような気がする。とにかく扇沢バスターミナルまでは長かった。

 扇沢のトイレで着替えることにしてトイレの個室に入った。でもその扉はちょっといかれていて、閉めるのに内側から無理矢理押さなければならなかった。着替えたのはそれまできていた白いシャツで、代わりに半袖襟なしのティシャツのようなティシャツじゃないようなシャツとちょっと寒そうなので紺のシャツをその上から羽織ることにしたのだが、その紺のシャツをちょっと物が置けるスペースに置いたらそこが湿っていておかげでその紺のシャツはぐっしょりとなってしまって…。しかし、もっと恐ろしい悲劇がもう僕に降りかかっていたとはその時は知るよしもなかった。さっき無理矢理閉めた扉が今度はなんと開かない。衝撃を押さえるためにある先端に白いゴムのようなものがついている鉄の棒をつかんで内側に引っ張って何とか開けようと奮闘するのだがどうも扉は頑固に開かない。今度は押してみようと思って手を扉の上に出してそこから扉を外側から押してみることにしたが手は漸く扉を乗り越えられた程度なんで全然押す力の足しにはならずに一向に開く気配はなくむなしくドンドンと音が響くだけで…。もちろん押せば開く扉を引きつづけていたというような古典的ギャグではなく、本当に閉じ込められてしまった。絶体絶命。でも外には人がいる〜。何とかしてくれればいいのにと思うものの僕としてもまさか個室から出れないんで助けてくれなんて恥ずかしくて。気付いてくれよ。でも、なぜ助けを求めないのかと言われると僕が悪いのは確かである。それにしてもしさすがにパニックになってしまい。今でもどうして出てこられたのかよく解らない。ただ言えることは、人間は本当に危機的状況に陥った時、本来なら考えられないような偉業(異業?)を成し遂げることができるのだということだけである。

 朝食は昨日買っておいたおにぎりがメインだ。それと紅茶など本当にちょっとした物ばかり。その中でひときわ目を引くのが、かんぴょう巻き。でもこのかんぴょう巻きが大変な曲者で、なんと賞味期限が過ぎている。たかが数時間なので、まあ大丈夫だろうと多少の不安を振り切って食欲に素直に従って食べるのは僕だけ。皆は食わなくちゃという義務感から少しはつまむ。先生も無理に食うことないぞと言うので皆の手は止まる。僕はまあ大丈夫だろうと言う気持ちとちょっとした食欲からもう少し食べようとするのだが皆が食べないのでさすがにちょっと食べずらくなる。それでももう少しとつまむと先生が「無理しなくていいんだぞ、捨てていくのも仕方ないから」と言ってくちゃうのでさすがに食べずらくなり諦めた。でもほんとにちょっとくらいなら賞味期限が過ぎてしまっても大丈夫だと思う。確かに抵抗はあるけれども。そして、嬉しいことに雨はかなり弱くなってきた。そして皆ザックカバーをかぶせてレインスーツを着て予定通り出発した。雨は降っていないようなものだ。


登山道を黙々と歩く

 扇沢バスターミナルから歩いて10分ほどで登山口、柏原新道入り口に着く。最初は急な坂が続くのだ。モミジ坂をジグザグに登っていくと40分ぐらいで上りが緩やかになった。入り口からずっと樹林帯の中を抜けていくのだが、シダ類が豊富である。シシガシラ、ヤマソテツがそれである。そう僕は植物図鑑と一緒に歩いているようなもので、先生間で植物についての話題が飛び交う。今回の合宿で植物の名前を少々覚えた。途中山のずっと上の方に小さく種池山荘が見えた。やった〜。種池山荘が見えた。と思ったのと、めちゃくちゃ遠いなあという二つの相反する感情が美味く混ざり合っていた。曖昧な気分だった。それからすごく危険な所も通った。岩が崩れたようで、なぜか岩の色が道の中心でくっきりと分かれていて、その道はすごく細くて上からは岩が落ちてきそうだし、下は滑ったらずっと落ちていきそうで、もちろんその道の途中ですれ違うことはできないから下山者と登山者はお互い譲り合って交互にその道を通る。


ゴゼンタチバナ

結構歩いて漸く種池山荘に着いた。そこまでに雨に降られたりやんだり色々だったために予定より随分遅れてしまったし、ちょっと色々と不都合があり、また雨も降っているということで予定を変更して種池山荘に泊まることになった。


三角屋根の種池山荘

 

タカネマツムシソウ
 
ミヤミダイコンソウ

 ワンゲルの合宿の醍醐味は昼の景色だけではない。夜中の星空もまた格別のものがある。これを見ないのは大変な愚行で、真夜中に起きて夜空を見上げるのは当然のことである。したがって誰もが昼3時を過ぎると昼寝をする。そして夜中に星空を楽しむのである。

 夕食は五時からだった。僕は卵が嫌い。いつも食べない。でもこういう時は食べなくてはならないので体のことを考えるといいことだ。まあ舌を体の一部と考えなければの話ではあるが。でもまあ食べてみると食えないものじゃあないが、やっぱり嫌いだ。下界についたら食わないぞ。しかし山は健康な生活ができものである。


7月29日

 皆で夜中の12時に起きた。昨晩中に用意しておいたガスバーナーやマグカップやコヘルを持ち出して外に出る。むちゃくちゃ寒い。かなり厳しい気候にもかかわらず皆星空に釘付けになる。本当にすごい。流れ星なんて何個も飛んでいるし、天の川だってくっきり見える。それに星の数がとにかくすごい。もう最高で。それからず〜と下の方の街の明かりもなかなかなもので、すごく綺麗だ。寒さも限界になってきたのでとりあえず山荘内に入ってガスバーナーに火をつけて紅茶を沸かしてチキンラーメンを作って皆で食べた。なかなか美味くて、そして明日の朝も早いからということで皆寝るといって寝に行った。僕は暑中見舞いを書くので残った。野田君は僕が起きている間起きていてくれるそうだ。それが書き終わったので二人は寝ることにした。

 朝は遅くても4時半おきだ。山の生活はすごく朝が早い。皆眠そうでも朝食は5時からなので仕方ない。まあそれまでは皆しゃべって暇つぶしをしている。


ライチョウの親子

 朝食が済むとさっそく活動をはじめる。今日はかなり歩くことになっている。昨日の遅れを取り戻す計画である。まずは爺ヶ岳に登った。今日は鹿島槍がよく見えてよかった。それから緩やかなくだりが長く続く。そこで僕はブロッケン現象というものを初めて体験した。ブロッケン現象とは(ドイツのブロッケン山でよく見られる)山頂などで太陽を背にして立つと、自分の影が前方の雲や霧に巨大に映り、その周囲に色のついた光の輪が見える現象のことで、大気中の水滴により太陽光線が回折して生じるのである。そうそう、途中にはすごい道があった。もうまさに人生にピリオドが一瞬で撃てるような地上への最も早く戻れる所である。ここからは落ちたくないものだ。まあ色々あって随分歩くと冷池山荘に着いた。そこでちょっと用を足して、ちょっと休憩した。冷池には黒山椒魚が住んでいるらしい。高島君はこれを見るんだと張り切っていたのに見えなくて残念。僕の注意を引いたのはトリカブトの花だった。見るのは初めてだったのでその花を見て意外だと驚いた。もっとグロイ花だと思っていたのに。まあ、とりあえず冷池山荘を出た。冷池山荘を出てちょっと行くとキャンプ場があり、そこを抜けて少し登るとお花畑に出る。そこのお花畑は他のお花畑とはちょっと違って、僕にはすごく魅力的だった。


イワベンケイ


イブキジャコウソウ


トオヤクリンドウ


シロバナクモマニガナ


チシマギキョウ


ハクサンフウロ


タテヤマリンドウ


ヤマハハコ

 普通のお花畑は奇麗な花と広大な展望というイメージなのにそこは樹木や丈の高い草花に囲まれていてちょっと不思議な世界だった。そこを出ると布引岳を結構登ってそれを超えれば今度は鹿島槍の上りになるわけで、それも結構高くてそれを登りきれば漸く目的地に着いて昼飯にもありつけるというわけで。やっぱりついた時は感動物だったね。本当によく歩いたから。そこでの昼飯も美味かった。皆で記念撮影したり、話したり色々しているうちに一時間はそこに滞在していた。後はもう戻るだけだ。


             鹿島槍山頂で

 でも憂鬱なのは冷池山荘から爺ヶ岳まででこの長い上りがちょっと嫌だった。でもなんだかんだ言ってやっぱりよかった。そう、その憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれたのは池田先生の一言。「種池山荘に着いたら全員にクレープアイスを食わせてやる」これはすごい励みになった。クレープアイスが僕を待っている〜。これは嬉しくて仕方なかった。種池山荘に近づくに連れてどんどんクレープアイスに近づいていると思うとわくわくしてきた。もうすぐクレープアイスだ。山荘まで何とか着いたらさっそく皆でクレープアイスを味わった。す〜ごく美味かった。一個480円ちょっと高いようだが山の物価は高いのだ。普通のジュースだって380円する。水だってお金を取るんだから。まあその日も山荘に着いたら昼寝だ。


爺ヶ岳からのながめ        種池山荘と立山・剣の山並み

 

 晩飯を食べたら今日も7時半までUNOだ。今日は寝場所を決めるだけでなく明日誰がごみを持って下山するかを決める大切な試合だ。負けるわけにはいかない。今日はなかなか快調で一番。寝場所はやっぱり隅っこを取った。ちなみにゴミ係はトド君に決まった。


7月30日

 12時に起きる予定が1時に起きた(というより野田君に起こしてもらったのだが)それでほかを起こそうとしたがみんな起きない。昨晩ひどい雨が降っていたので野田君は星が見られるか見に行っているうちに僕はしきりに皆を起こそうとしたのだが起きない。高島君を最初に起こしたのだが、高島君は起き上がったものの再び高島君の方を振り返ったときにはもう蒲団の中と言った状態で、別にはむかっているわけでもなさそうだし、もうちょっと寝ていたいというような誘惑に負けてしまっている様でもなさそうで、どちらかというと、起き上がったのは起きなくちゃという強い願望だけが作用していて生物学的な脳の働きは停止しているまま起き上がったもののその後に続く行動を知り得ないうちに自然の状態に戻って行ってしまったというか、もしくはもう起きる時間かとおきあがった次の瞬間にもうエネルギーを使い果たしてしまってそのままいってしまったという感じだろう。彼には罪はないと思う。しかし次に起こしたときにはもう二度と起き上がることはなかった。ほかの人もまったく反応が無かった。幸いあたりはまったく星空は見えずに、微かに街の明かりが見えるのとどこかの建物の明かりが見えるだけだった。僕としても残念という思いと同時に寝れて良かったという気持ちだった。

 その後415分に起きた。今日もやっぱり眠い。でももうほとんどの人が起きているし。そこで、みんなが話していることをボーと聞きながらちょっと座っていて30分頃になってようやく意識が活動を始めた。富所君は一番後まで寝ていたのでやはり起きるときに全員の注目を集めてしまう。それが嫌で僕も仕方なく起きたのだし、多分誰もがそうなんだろうと思う。やっぱり一番後に起きてしまうのは恥ずかしい。下山は本当にすぐだった。柏原道入り口に着いた時、後と離れてしまって、タクシーがすぐに来てくれていたのですぐに乗った方がよいということで、先に駅にいくことになった。信濃大町駅に着いた。駅では昼を取って、お土産を買って、そうこうしているうちに電車に乗りこんだ。目的の駅、南小谷。なんて読むでしょう。みなみこたにではない。みなみおたりって読むんだ。でもパソコンで入力したらそのまま出てきたので残念。車内では池田先生と小林君と3人で座った。池田先生はスキー場について色々かたってくれた。おかげで長野オリンピックのあのジャンプ台も生で見ることができた。景色もすごく好かった。山が綺麗。針葉樹林帯が綺麗。川が綺麗。空が綺麗。その後南小谷でスーパーあずさに乗り換えた。それからは早かった。でも山梨県で大雨のために電車が一時と待ったし、その後も特急のくせに乗用車やバイクに追い越されるようなとろとろ運転で予定より大幅に遅れて新宿についた。まったく。

          

爺ヶ岳の山頂でポーズ バックは剣

文責  志賀悠一


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